都内の「小さな八百屋さん」がコロナ禍を生き抜くために新聞販売店と協力したワケ

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都内の「小さな八百屋さん」がコロナ禍を生き抜くために新聞販売店と協力したワケ

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新型コロナウイルス感染拡大により、さまざまな業種の企業が苦境に立たされています。東京都内で73年の歴史を持つ生鮮野菜の卸売業者もそのひとつです。

戦後動乱期に創業した老舗店の進路

 新型コロナウイルス感染拡大により発令された「緊急事態宣言」。その経済的影響を大きく受けているのは、百貨店などの小売業や、街のレストランやカフェといった飲食業だけではありません。

 飲食店で使われる野菜や果物を毎日配送している卸売業もそのひとつ。飲食店の相次ぐ休業を受けて、業務用をメインに取り扱う青果業者は今、かつてない苦境に立たされています。

宅配サービスで各家庭に届けられる生鮮野菜のイメージ(画像:司企業)



 東京都中央卸売市場・大田市場(大田区東海)と京浜運河をはさんで向かいに建つ物流ビル内に社を構える司企業(同区平和島)は、1947(昭和22)年に「町の小さな八百屋さん」として創業しました。

 戦後間もない動乱期。当時まだ珍しかった三輪バイクに野菜や果物を積んで、復興途上の東京を慌ただしく駆けました。米軍基地や艦船、将校クラブ、大使館、有名料亭にレストラン、さまざまな取引先を開拓しては野菜を卸し、目覚ましく変化していく東京の復興と発展を町の一隅から支え続けた老舗です。

 東京都心1000軒以上の飲食店に青果を卸すまでに成長した今も、3代目になる池田将義代表は自社を「生粋(きっすい)の八百屋」と称します。

 その同社が2020年3月、新型コロナ禍に際して始めたのが、業務用ではなく一般家庭向けの宅配サービスでした。それも、地域の新聞配達所とタッグを組むという、独創的な方法で。

新聞の配達網を生かして家庭へ宅配

 生鮮業者が新型コロナ禍に見舞われる以前から、かねて業界全体の衰退を指摘されてきた新聞。

 その新聞販売店と協力関係を結んで、同社が新サービスに乗り出した狙いは何か、また双方にとって、消費者にとってどのようなメリットがあるのか、同社社長室長の岩崎亘さんにお話を聞いてみることにしました。

※ ※ ※

――まずは今回の、家庭向けの宅配サービスの仕組みについて教えてください。

 飲食店への業務用野菜の卸売りを主業とする当社が、日本経済新聞都立大学専売所(目黒区碑文谷)と提携することで、自社の物流ネットワークと新聞店の配達網の両方を活用して新鮮な野菜を宅配するというものです。

 対象エリアは同販売店の配達エリアで、日経新聞の購読者以外でもお申し込みいただけます。注文は、LINEまたはファクスを使って簡単にできるようにしました。18時までに注文してもらえれば、翌日の配達が可能です(日曜・祝日除く)。1000円以上の注文は送料無料でお届けしています」

日本経済新聞都立大学専売所の場所(画像:(C)Google)



――主これまでのメインは飲食店用の卸売りとのことですが、新型コロナウイルス感染拡大による事業への影響は、どの程度のものなのでしょうか。

「取引のある飲食店が軒並み休業、または大幅な営業縮小をしているため、率直に申し上げて大打撃です。売り上げは2020年3~4月を平均すると、前年比で約半減してしまいました」

有名店にも卸す良質な野菜をお届け

――外食需要が限られている現状で、家庭向けの宅配サービスを開始されたと。タッグを組む相手として新聞販売店を選んだ理由を教えてください。

「きっかけは、日経新聞の都立大学専売店の所長とお付き合いがあった食の企画会社『FRIDGE』(渋谷区道玄坂)からのお声がけでした。

 当社にとって消費者向けサービスはほぼ未経験。われわれが単独でサービスを提供するのではなく、消費者への販路と物流を兼ね備えた会社と組めたらと考えていたので、その両方を有している新聞販売店はパートナーとしてぴったりだったのです」

――新聞業界も、新型コロナ以前から読者数の減少など厳しい業界事情が指摘されていたかと思います。新聞販売店側にとってのメリットは、どのようなものがありますか。

「新聞販売店も、紙の購読者数の減少などを背景に新たな収益化事業を模索していました。今回のサービスは、新聞配達時間外の人員と車両の活用、加えて販売店で印刷できるチラシ作成も含めた事業なので、今ある資源を生かして参入できる新規事業というのがメリットだったのだと考えます」

業界全体で定期購読者が減り続けている新聞販売店側にとっても、宅配サービスへの参入はメリットが大きいという(画像:写真AC)



――2020年4月28日現在、家庭宅配サービスの申し込み状況はいかがでしょうか。

「おかげさまで徐々に顧客数、売り上げとも伸びてきています。特に、緊急事態宣言が発令されて以降(4月7日)と、小池百合子都知事がスーパーなどでの買い物を3日に1回にするよう要請した(同月23日)以降で大きな反響がありましたね」

――実際に利用した人からは、どのような感想を聞いていますか。

「外出を控えたい、特にスーパーのような『3密』の場所を避けたいときに、家まで配達してくれるのはありがたい。単品で注文できるし、翌日に宅配してくれるのはとても便利、食材も新鮮……といった、うれしいお声をちょうだいしています。有名飲食店にも多数卸している実績がありますから、食材の鮮度には自信を持っています」

常に「食のインフラ」であるために

――この宅配サービスは、今後どの程度まで拡大させていく方針でしょうか。

「大型連休明けから、提携の販売店をさらに3か所増やすことがすでに決まっています。早期に都内全域に拡大して、そして中期的には首都圏全域まで広げられるようにしたいですね」

――73年続く老舗の看板を守り続けるために、どのような気持ちで日々の業務に臨んでいらっしゃるのでしょうか。

「そうですね、『守る』というのは、少し違うかもしれません。守りに入った現状維持では、衰退するだけですから。持続的に成長し続けるためには、時代や状況に応じて常に変化し続けなければなりません。

 今回の新型コロナ禍は不可抗力の危機ではありますが、嘆いていても仕方がありません。新しい手をどんどん売って、変わり身の早さで生き残っていく考えです」

司企業が宅配サービスで各家庭に届ける生鮮野菜のイメージ(画像:司企業)



――この状況で何とか頑張っている街の飲食店、それから外出自粛を余儀なくされている東京都民、一般消費者の皆さんに向けて、ひと言お願いします。

「まず、取引先である各飲食店が一日も早く復活できるよう、当社としても新たな企画を練っています。また都民・消費者の方々へは、本サービスをはじめ当社の良質な食材を提供する新サービスを今後も立ち上げて、このようなときでも『食のインフラ』となれるよう努めてまいりたいと思っています」

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