自撮りのルーツ「プリクラ」はなぜ渋谷に大行列を生んだのか

1995年に登場し、現在でも女子高生・女子大生のコミュニケーションツールとなっている「プリクラ」。その歴史について、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


1990年代から生まれた「自撮り文化」

 近年話題となっている動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」。15秒程度の動画を使ったこのSNSは、2018年頃から10代の若者を中心に人気が急上昇し、今では幅広い世代に楽しまれています。

 そんなTikTokブームですが、突然生まれたものではありません。その背景には1990年代に生まれた「自撮り文化」があり、それがスマートフォンを通して進化したと考えられます。

 TikTokのみならず「Instagram」や「Twitter」などを使った自撮りは、オシャレなカフェや珍スポットで自分を入れ込んで写真を撮影しシェアするというもの。

 今回歴史を振り返るのは、その原点といえるプリントシール機「プリクラ」です。

誕生は25年前

 正式名称を「プリント倶楽部」というプリクラが、ゲームセンターなどのアミューズメント施設に登場したのは1995(平成7)年7月のこと。その場で撮影すると、約60秒で1シート・16枚の写真シールがプリントアウトされ、価格は当時300円でした。

 プリクラを開発したのは、『女神転生』や『ペルソナ』シリーズなどの人気ゲームで知られるアトラス(品川区西品川)です。

2019年3月開催の「セガフェス2019」で披露された、当時の「プリント倶楽部2」の筐体。アトラス社公式ツイッターより(画像:アトラス)

 当時、アミューズメント機器の開発を手がけていた同社で、プリクラのアイデアを生み出したのは、当時30歳の女性社員・佐々木美穂さんでした。

 アイデアの原点は、街で見かける10代の女性たち。文房具店でキャラクターもののシールを買っていく彼女たちの姿を見て、「自分の顔が背景と合成シールにできて、ビデオプリンターみたいに出てきたらウケるだろうな」と考えたのが発端でした。

当初は見向きもされなかった


【イマドキのプリクラ事情】なぜ若者はスマホ時代に“400円”のプリクラを撮るのか?

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