『家、ついて行ってイイですか?』には、なぜビートルズの「Let It Be」がよく似合うのか

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『家、ついて行ってイイですか?』には、なぜビートルズの「Let It Be」がよく似合うのか

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松山秀明

関西大学社会学部准教授

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2014年から放送を開始し、今やテレビ東京の人気番組となった『家、ついて行ってイイですか?』。同番組から見える現代の東京の姿と番組内で流れるBGM「Let It Be」について、関西大学社会学部准教授の松山秀明さんが考察します。

テレビもまだ面白い

 現実の東京よりも、「テレビが映しだす東京」のほうがリアルに見えてくることがあります。バラエティー番組『家、ついて行ってイイですか?』(『家つい』。テレビ東京系)を見ていると、まさにそう感じます。

『家、ついて行ってイイですか?』のロゴマーク(画像:テレビ東京グループ)



『家つい』は、深夜の駅前で取材クルーが道行く人に声をかけ、タクシー代を支払う代わりにその人の自宅までついていく番組で、2014年にスタートしました。「最近のテレビはつまらない」という声をよく耳にしますが、この番組を毎週見ていると「テレビもまだまだ面白い」と思わされます。

私的『家つい』ベスト3

 どの回も興味深いのですが、ここ数年で忘れられない「ベスト3」を挙げてみます。

・20歳の女性について行ったら、壮絶な運命をたどった外交官の娘の豪邸だった。
・73歳の男性について行ったら、廃墟になったホテルに15年間住みつづけていた。
・78歳の男性について行ったら、血縁関係にない4人で共同生活をしていた。

 言葉ではなかなか説明しづらいのですが、どれも想像すらできない家庭のあり方で、見たときの衝撃は忘れられません。

深夜の駅前のイメージ(画像:写真AC)

『家つい』では月に400~500回ほど、取材クルーが街に出るといいます。家についていけないこともしばしばで、1年間に約12万人に声をかけていると番組内で紹介されていました。ゆえに、ついて行けたときには圧倒的なリアルがそこにあります。

 それでは、この番組からどのように「東京のリアル」が見えるのでしょうか。

「超短期密着ドキュメンタリー」

 番組プロデューサーの高橋弘樹氏は著書『1秒でつかむ』(ダイヤモンド社)のなかで、この番組を「超短期密着ドキュメンタリー」と名付けています。ドキュメンタリーは通常、長期間にわたってあるテーマを追いかけますが、この番組では真逆です。即興的で、偶然的です。

 深夜、取材者を家に招き入れた人たちは、数時間で自分の人生を振り返り、過去や現状を語ります。飲み会帰りのテンションそのままに、超短期間だからこそ、見知らぬ人にも自分のことを語りはじめます。

 そこにあるのは家族の死や自身の病気といった、

・隠された過去や現実
・ひとりで生きる寂しさ
・複雑な家庭事情

などです。

東京でひとり生きるイメージ(画像:写真AC)



 その一方で、今を楽しく人生を謳歌(おうか)する人や、オシャレハウス・趣味部屋に住んで「自由な生き方」をする人もいます。こうしたさまざまな人生模様が超短期密着によって、あぶり出されていくのです。

取材駅の約7割が東京都内

 例えば2018年の放送回は全34回で、特別編などを除くと計108人が密着されていました。

『家つい』は終電後以外にも、銭湯や祭りの後にもついて行きますが、終電後に声をかける場合に限って言えば、約7割が「東京」の駅です。上野、新橋、池袋、渋谷、吉祥寺などのターミナル駅です。

 2018年で一番多かったのは新宿駅(計5回)ですが、取りあげる駅にそこまで大きな偏りはありません。主に東京の駅を出会いのきっかけにして、人生譚(たん)を垣間見るのが特徴です。

新宿駅の外観(画像:写真AC)

 駅とは、都市空間のなかのノード(結節点)です。そこからついて行って見えるのは、2010年代から2020年代へと向かう「東京」の人生模様です。

『家つい』が映す部屋のなか

 番組に登場する人びとを見ていると、そこから「東京」の今が見えてきます。

 例えば、東京下町に長く暮らす高齢者や、夢を追って上京してきた若者などです。もちろん「東京」への向かい方は、人それぞれ異なります。

東京でのひとり暮らしのイメージ(画像:写真AC)



 この番組が特に興味深いのは、そうしたそれぞれの「東京」が「家のなか」を通して見えてくることです。

・どこで
・誰と住み
・部屋に何を置いているのか

 部屋の間取りや築年数の紹介だけでなく、キッチン、風呂場、寝室、クローゼットなどにもカメラが向けられていきます。その結果、語り始めるのは、部屋のなかに置かれたものたちです。

 冷蔵庫にある大量の酒、リビングに並べられた資格試験の対策本、立て掛けられた家族写真、元恋人にもらったプレゼント、洗われていない流し場の食器……。無造作に置かれたものたちは、本人にとっては日常の一部ですが、他人には微妙な違和感を与えます。

 つまり部屋の配置やものたち自体が、われわれ視聴者にその人の現状や人生を語りはじめるのです。もっと大胆に言えば、家のなかのものたちから「東京で生きるとは何か」が見えてきます。

東京でひとりで暮らすということ

 2018年に密着した計108人の年齢層を調べてみると、20代がもっとも多く、約3分の1を占めていました。30代以降は、各世代ほぼ同じ割合です。

 そして、世帯数を調べてみると、46%が「ひとり暮らし」でした。この点も、『家つい』から見える「東京」のリアルではないでしょうか。つまり、家について行ってみると、約半数がひとり暮らしなのです。

東京でのひとり暮らしのイメージ(画像:写真AC)

 2015年の国勢調査によれば、東京都の一般世帯は約669万世帯あり、そのうち「単独世帯」は約316万世帯で、全体の47.4%を占めています。これは2010年の調査から増加傾向にあります。

『家つい』では深夜の駅や銭湯で声をかけることで、この「単独世帯」を的確につかまえることに成功していると言えます。

 番組内で約半数を占めるひとり暮らしの人たち。とりわけ賃貸でひとり暮らしをしています。彼ら・彼女らの住むひとり暮らしの部屋に置かれたものたちの因縁から、ひとりひとりの「過去」や「秘密」が語られていく。これがまさに、今の「東京」のリアルを映しだします。

東京人がまとう「仮面」と「素顔」のギャップ

 この番組では各回の最後に、必ず、ビートルズの名曲「Let it Be」が流れます。ピアノの旋律とともに聞こえてくるのは「あるがままに(Let it Be)」というあの歌詞です。

 番組プロデューサーの高橋氏は、「あるがままのその人の人生をあくまで肯定する」と述べています。まさに「Let it Be」は、2010年代が終わり、2020年代へと向かう、東京賛歌なのではないでしょうか。

 都市のなかで、人はたいてい「仮面」をもっています。そうした「仮面」と家のなかの「素顔」には、当然ギャップがあります。

 例えば、深夜の渋谷で出会った派手なギャルは、実は生まれつきの難聴をかかえ、それゆえに明るく振る舞っていると語ります。笑顔を絶やさぬ老人も妻を亡くしたことを思い出し、涙を流します。

過去を振り返るイメージ(画像:写真AC)



 一見、東京で明るそうに振る舞っている人でも「過去」を抱えながら生きています。この番組はそうした覆われた「仮面」の裏側をそっと見せてくれます。そして、視聴者も自分の「仮面」の存在に気づくのです。

「Let it Be」が聞こえる街

 もちろん逆に東京を離れ、そこで自分らしい生き方を見つける人も登場します。そうした人も含めて「東京」が見えてくるのです。

 このように『家つい』は短期密着であるがゆえに、複雑に入りくんだ現代の東京のリアルがありありと見えてきます。

多くの人が行き交う東京のイメージ(画像:写真AC)

 たしかに東京を実際に歩いてみないと、「東京」はわかりません。けれども、テレビで描かれた東京も、それ以上に東京のリアルを映すことがあるのです。『家つい』を毎週見ながら東京を歩いていると、「Let it Be」が聞こえてくるように感じます。

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