女性憧れのシューズ・ブランド
「MANOLO BLAHNIK(マノロ・ブラニク。以下マノロ)」という英国のシューズ・ブランドをご存じでしょうか。東京では表参道に路面店があり、東京ミッドタウン(港区赤坂)、伊勢丹新宿店(新宿区新宿)やGINZA SIX(中央区銀座)などにショップが入っています。
1973(昭和48)年に、マノロ・ブラニク・ロドリゲスが創業。クリスチャン・ルブタンなどと並び、世界中の女性が憧れる代表的なシューズ・ブランドのひとつで、日本でもファンが多いブランドです。
最も象徴的なシリーズは、ナポレオン皇帝などに着想を得た「HANGISI(ハンギシ)」という大きなビジュー(宝石)のついたものです。
「わくわく感」を醸し出すデザイン
2018年には「HANGISI」10周年を記念した限定シューズが発売されました。
そのコンセプトは「A Decade of Love」。着想は「ニューヨークの街」から得たもので、2種類用意されていました。ひとつは、カクテルのコスモポリタンをイメージしたもの、もうひとつは「love」でした。
後述しますが、マノロを一躍有名にしたドラマ『SEX AND THE CITY(セックス・アンド・ザ・シティ。以下SATC)』の中で、サラ・ジェシカ・パーカー扮する主人公のキャリーが好んで飲んでいたのもコスモポリタンでした。
マノロの靴は、エレガントな曲線が女性の脚を美しく見せてくれることと、かわいらしさや遊びのあるデザインが最大の特徴です。つまり、その靴を見ると何だかわくわくしてくるのです。この「わくわく感」がこのブランドを有名人気ブランドとして存続している要因でしょう。
女性憧れのブランドになったワケ
この靴が知られたのは、故ダイアナ元王妃や有名人など、世界のセレブが履いていたためですが、もっとも大きな影響を及ぼしたのは1998年から2004年まで放送された、ニューヨークの独身女性のライフスタイルを描いた米国の連続テレビドラマ『SATC』でした。
『SATC』のドラマの主人公キャリーは、ニューヨーク在住の30代・独身女性で職業はフリーランスのコラムニスト。物語の中心は彼女の女友達との友情や恋愛模様です。
また、キャリーは、高級な靴や洋服をこよなく愛するキャラクターで、特にマノロ・フリークとして描かれています。実際、キャリーはお給料が入るとすぐにショッピングに出掛け、そのときにマノロを大量に購入し、生活に困窮するというシーンもあります。
また、「サンダルじゃないわよ、マノロよ」というせりふや、フェンディなどの高級ブランドバックなどが強盗に奪われそうになった際に、「マノロ・ブラニクだけはやめて」というせりふがあります。
とどめは、キャリーがやっとプロポーズをされる場面で、ロイヤルブルーの「HANGISI」を履かせてもらうシーンが登場。この「HANGISI」は当時このために特別に作られたものでした。恋愛模様が物語の柱になっていることからも、重要なシーンであることは間違いありません。このようにマノロは、『SATC』の中での重要なファッションアイコンだったのです。
文化装置としてのマノロ・ブラニク
ニューヨークの独身女性のライフスタイルをスタイリッシュに描いた『SATC』はたちまち人気となり、多くの人が「マノロ・ブラニク」の存在を知ることとなりました。
では、なぜ『SATC』は当時ブームを巻き起こすほどの人気があったのでしょうか。
もちろん、ニューヨークという都市のブランド力もあります。それだけではなく、キャリーの恋愛観に共感し、彼女のようなスタイリッシュなライフスタイルへの憧れが大きな理由として挙げられます。
そして、世の女性が憧れたライフスタイルは、エレガントでキュートなマノロによって表現されていたのです。つまり、マノロがニューヨークという大都市のスタイリッシュな女性のライフスタイルを体現する「文化装置」の重要な要素のひとつであったといえるでしょう。
文化装置とは、米国の社会学者のライト・ミルズによると、文化装置が作りだすレンズを通して、人びとが社会をイメージしたり、解釈したりするという意味で使用されます(1963年)。
世の女性たちは『SATC』の中のマノロというファッションアイコンを通じて、ニューヨークのスタイリッシュな女性のライフスタイルをイメージし、解釈していたのです。こうした背景からマノロ・ブラニクは女性憧れのブランドとなったわけです。
ヨーロッパで展覧会も開催
現在でもマノロはファッションアイコンですが、芸術作品でもあります。
例えば、2006(平成18)年に公開されたソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」に全面協力し、18世紀のファッションアイコンであったマリー・アントワネットの靴を制作しています。
2017年には、マノロの歴史を物語る212足の靴と80枚のデザイン画が展示された「ジ・アート・オブ・シューズ」展がヨーロッパで開催されました。
近年では、2019年6月10日から9月1日までロンドンの「ウォレス・コレクション」でマノロ・ブラニクの作品の展示会が開催されました。
ウォレス・コレクションは、侯爵家の旧邸宅で18世紀から19世紀の美術品や絵画が展示されている美術館。マノロはファッションアイコンとしてだけではなく、芸術品としても認識されているのです。
自然や都市、美術品などあらゆるものからデザインの着想を得て、一シーズンごとにクリエーティブで芸術的な作品を作り続けているブランドであるということがわかります。
クラフトマンシップに基づいた芸術品
特筆すべきは、現在でもマノロ氏ひとりがデザインを担当し、それを職人の人たちがひとつひとつ丁寧に手作業で作り上げていることでしょう。
こうしたファッション性と芸術性の両面を持つ希少なデザインとともに、クラフトマンシップに基づいた質の高さが、マノロ・ブラニクを見た際の「わくわく」につながっているのです。
フランス文学者の山田登世子はエルメス、ルイ・ヴィトン、シャネルを取り上げて、ブランドの条件として「たとえ由緒あるブランドでも、永遠であるためには絶えず変化をして生まれ変わらなければならない」と分析しています(2006年)。
実際に、ルイ・ヴィトン・ジャパン前社長の秦郷次郎も「リアル・ブランドの成功は『変化しない価値』と『変化する時代に適合するファッション性』とを持ち合わせるという矛盾をいかにして克服するかにかかっている」と述べています(2013年)。
ブランド論の視点からも、「マノロ・ブラニク」はファッションアイコンとして常にファッション性の高い、斬新でフェミニンなデザインを発信しつつも、芸術性の高さやクラフトマンシップに基づいた高品質の作品を変わらず作り続けていることが、女性が憧れるシューズ・ブランド「マノロ・ブラニク」として存続している理由なのでしょう。