刺激的なウマさとド派手なビジュアル 若者たちが虜になったスパイスカレー30年史

  • ライフ
刺激的なウマさとド派手なビジュアル 若者たちが虜になったスパイスカレー30年史

\ この記事を書いた人 /

小野員裕のプロフィール画像

小野員裕

フードライター、カレー研究家

ライターページへ

大阪で火が付いた「スパイスカレー」ブームが今、ジワリ東京へも上陸してきているといいます。30年にもわたるスパイスカレーブームの変遷を、カレー研究家の小野員裕さんが解説します。

脚光浴びるスパイスカレーと、その歴史的必然

 今、大阪で名物料理として脚光を浴びているのがスパイスカレーです。その人気は大阪だけにとどまらず、東京をはじめ全国でもニューオープンの店が増え続けている勢いです。

 ところでスパイスカレーとは一体どんなものなのか、ひとまずその歴史も踏まえて簡単にご説明します。

渋谷区幡ケ谷にある「青い鳥」のスパイスカレー(画像:小野員裕)



 かつて大阪のカレー屋といえば、家庭のカレーの延長線上にある甘辛い味わいのオーソドックスなカレーライスが主流でした。

 スパイスを多用したカレーは、梅田「アショカ」(大阪市北区)の北インドのムガールカレーや、西梅田の「コートロッジ」(同区、閉店)のスリランカカレーはあったものの絶対数は少なく、スパイス好きなカレーマニアにとって大阪は一種「不毛地帯」とも言われていました。

 そんななかで、日本式にアレンジされたスパイスカレーの専門店が、30年ほど前からひそかに息づいていました。

 それは心斎橋の「ルーデリー」(大阪市中央区。現在は宮崎県に移転営業)と、北浜の「カシミール」(同区。かつては心斎橋アメリカ村の三ツ寺会館の1階)です。この2店は南アジア(パキスタン・ネパール・インド・バングラディシュ・スリランカ)に影響を受けたカレーで、マニアの間でうわさの店でした。

「ルーデリー」は17種類の香辛料をブレンドしたサラリとしたカレーで、穏やかなスパイス感で万人が好む味わいに仕上げています。名物「アヤムカレー」(チキンカレー)やドライカレーに似た「ミッドナイトカレー」で注目を集めていました。現在も宮崎で人気を博しています。

 一方の「カシミール」は独特なカレー作り。20種類ほどのスパイスを使い、注文によって数種のカレーソースから組み合わせを選んで調理します。豆腐などの変わった具材に、南インドのゴアの名物料理「ビンダルーカレー」に似たやや酸味のある味付け。さらに鮮烈なスパイス感は異彩を放ち、今も行列のできる人気店です。

 当時、大阪の甘辛いカレーに物足りなさを感じていた若者が、前出の「コートロッジ」やこの両店に出会い、スパイスが多用されたカレーの洗礼を受けました。その若者たちの中にこそ次世代のカレー職人予備軍が控えていました。

 若者の一部は南アジア現地を訪れ、南インド、スリランカのカレーに触発され、やがてカレー屋の開業を目指す者も出てきました。そんな若者によって、後にスパイスカレーと呼ばれるカレー専門店が、今から十数年前、同時多発的に大阪各地に開店し始めましたのです。その店主の多くが「カシミール」の常連客だったとも言われています。

にぎやかでデコラティブなトッピングの魅力

 スパイスカレーの特徴は多岐にわたるため、選別方法は少々難解です。大ざっぱに言うと作り方は、焙煎(ばいせん)玉ねぎ、パウダースパイス、ホールスパイス、カレーリーフ、カスリメティなどのハーブを多用します。店によってはホールスパイスを油になじませ、カレーソースに注ぐ「テンパリング」という手法も取り入れています。

 また、デコレーションがにぎやかなのも特長のひとつ。

 ビーツ、玉ねぎ、紫キャベツ、ニンジン、マンゴーなどのアチャール(インドの野菜のマリネ)や、トマト、ミント、コリアンダーリーフ、ココナツのチャトニ(インドの野菜のペースト)、サブジー(北インドの野菜のスパイス炒め煮)、ポリアル(南インドの野菜のスパイス炒め)、ポルサンボル(スリランカのかつお節とココナツファインのふりかけ)、パパドゥ(インドの豆せんべい)などをカレーの周りにちりばめる絵姿を多く見受けます。

高円寺にある「アンドビール」のスパイスカレー(画像:小野員裕)



 さらに、カレーにはミスマッチではないかと思われる食材や具材――例えば梅干しやみそ、和ダシの組み合わせを使うなど、実に自由自在です。スパイスカレーのこの手のデコレーションは、おそらくネパールの定食(ダルバートタルカリ)、南インドの定食(ミールス)、スリランカの定食を参考にしていると思われます。

 その代表店は谷町六丁目駅の「旧ヤム邸」(大阪市中央区)、北浜の「コロンビアエイト」(同区)、本町「ボタニカリー」(同区)などです。

「旧ヤム邸」は最近、東京・世田谷区の下北沢にも出店し、こちらも行列を作っています。

 メニューは月替わりで、例えばライスは玄米、ジャスミンライス、ターメリックの3種類からチョイス。またカレーも3種類ほどで、お茶の鶏キーマ、アサリとココナツのポークキーマ、ボルシチ風牛豚キーマなど斬新。どれもスパイシーかつコントラストの鋭利な味わいでメチャうまです。

「コロンビアエイト」は本店のほか、大阪市内に3支店があります。キーマカレーが基本で、野菜、ホウレン草、ミックスのバリエーションがあり、これまた独創的。さまざまなスパイスとドライハーブがちりばめられたカレーの中央に素揚げしたシシトウをデコレート。その意味は左手にシシトウ、右手にスプーンを持ち、まずはシシトウをかじり、苦味を感じたらカレーを食べるとのこと。これがなんだかしっくりくる。サラリとしたカレーは荒々しいスパイス感、ターメリックライスと共にいただくとウットリするおいしさで、病みつきにさせられる味わいが潜んでいます。

「ボタニカリー」は、キーマとエビの2種類。トッピングはクリームチーズ豆腐、卵ピクルスなど。色鮮やかな野菜の付け合わせ、サラリとしたカレーはピリ辛でうま味充実、これもメチャうまです。

ここ数年で相次いだ東京のスパイスカレー出店

 一方、東京に目を向けると、南アジアカレーはすでに成熟していました。その大本は東京に古くからある「中村屋」(新宿区新宿)、「ナイルレストラン」(中央区銀座)、市ケ谷の「アジャンタ」(千代田区二番町)、「デリー」(文京区湯島)、「ダバインディア」(中央区八重洲)、高田馬場の「夢民」(新宿区大久保、移転)などです。

 南インドカレーブームの火付け役となった八重洲の「ダバインディア」ですが、くしくも南インドカレーとスパイスカレーがはやり始めたのとはほぼ同時期です。

 東京ではここ数年の間に、80軒ほどのスパイスカレー屋がオープンしています。その代表店は初台の「青い鳥」(渋谷区幡ケ谷)、下北沢の「カレーの惑星」(世田谷区北沢)、高円寺の「アンドビール」(杉並区高円寺北)などです。

「青い鳥」は、週替わりでインドとスリランカカレーが提供されます。例えばスリランカカレーの2種盛りはバスマティと日本米のブレンドを中央に、その上に豆せんべいをデコレートし、その周りにレンズ豆のカレー、チキンカレーがあしらわれます。色鮮やかなキュウリのカチュンバル、赤く染まったココナツファイン。体が芯から癒やされる味わいです。

「カレーの惑星」は、日替わりの4種類のカレーがあり、おすすめは2種盛り。丸く成形されたライスの周りに2種のカレーをあしらい、紫キャベツ、ニンジンのラペなど、その上に花びらを散らして色鮮やか。スパイシーでコクがあり実においしいです。

「アンドビール」は、クラフトビールとスパイスカレーを売りにする店です。スリランカカレーがベースになり、ここも日替わりの2種盛りがおすすめです。隠し味にみそなどを加えほんのり和を感じる独特味わいで、ほどよくスパイシーです。

下北沢にある「カレーの惑星」のスパイスカレー(画像:小野員裕)



 ところで、大阪が発祥とされるスパイスカレーの原型は、南アジアカレーの成熟環境下にあった東京にもすでにありました。しかし東京は、伝統から逸脱することなく基本に忠実な姿のままの店が多く、そこに革新を加える人々も少なかったのだと思われます。

 ゆえに、大阪のスパイスカレーとの決定的な違いはセオリーを度外視したデコレーションの形状などにあります。スパイスカレーは基本ワンプレーにカレーを1~3種盛りにして提供します。そこにドライハーブ、色とりどりな野菜の付け合わせをちりばめ、色彩豊かで見栄えが華やいでいます。

スパイスカレーが現代の若者を引きつける理由

 さて、これほどまでにスパイスカレーがはやり始めた理由は何でしょうか。

 おいしいことは言うまでもなく、まずは奇抜で華やかな見栄え、思いもつかない食材、具材を取り入れたからではないでしょうか。今までの南アジアカレーとは一線を画した絵姿、新しもの好きの心をわしづかみにしたのでしょう。

 また今はSNSの時代です。特に若者を中心にインスタグラムで自分が食べたものを投稿し、さらにそれを見た人々が店を訪れるのが日常です。彼らの多くはほぼインスタグラムの情報から店を選別しています。

 スパイスカレーのカラフルでデコラティブな美しさ、そのインスタ映えする見栄えから、誰もがこぞって投稿し拡散され、その情報から全国のカレーマニアが大阪を訪れ、注目を集めるようになったのだと思われます。

 スパイスの鮮烈な味わいとデコレーションに衝撃を受けた各地のカレー職人予備軍が、かつて大阪の「カシミール」などから影響を受けた若者同様、いずれスパイスカレー屋を各地に開店させているのではないでしょうか。

関連記事