さばく、漬け込む、干す――日本の「干物」がフレンチのメインディッシュに大化けする

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さばく、漬け込む、干す――日本の「干物」がフレンチのメインディッシュに大化けする

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「干物」を最後に食べたのは、いつですか? 日本で長く親しまれてきた食材ですが、最近すっかり見かける機会が減ったように思います。この干物に今、新たな可能性を吹き込もうとする取り組みが始まっています。中央区銀座のある企業を取材しました。

毎朝の食卓に「干物」、なんて今は昔?

 かつて日本食の定番だった魚の「干物」。古くは奈良時代から献上物として重宝され、江戸時代には庶民の食卓に並ぶようになりました。海洋国・日本の保存食また栄養食として、長く親しまれてきた伝統の食材です。

かつて食卓の定番だった「干物」(画像:写真AC)



 しかし、近年ではめっきり食べる機会が減った感があります。干物が私たちの日常から縁遠いものになっている状況は、統計データからも読み取ることができます。

 総務省の家計調査によると、干物を含む「他の塩干魚介」の1世帯当たり年間支出額は、直近の2018年で5821円(1か月平均約485円)。食料品全体の年間支出(81万3023円)における割合は0.7%程度で、同じく加工食品である「加工肉(ハム・ソーセージ・ベーコン)」の1万3611円と比べても半分以下の値にとどまっています。

 ちなみに、魚介類全体の支出額は年間5万9257円。そのうち「他の塩干魚介」が占める割合は約9.8%です。肉類全体の支出額は6万9457円と魚介類より1万円以上多く、そもそも魚介類そのものが日本の食卓から遠のきつつあることがデータから見て取れます。

 一方、品目別の支出額を経年変化で眺めると、ある意外な点に気がつきます。

そもそも魚食そのものが減少傾向

 干物(総務省家計調査における「他の塩干魚介」)の家計支出額は、2018年が5821円なのに対して、10年前の2008(平成20)年は6506円、15年前の2003(同10)年は6805円と、それぞれ約10.5%、14.5%の減。しかし、干物以上に大幅な減少傾向にあるのが魚介類全体の支出額です。

干物(他の塩干魚介)・魚介類全体・肉類全体の家計支出額の経年変化(画像:総務省の家計調査を基にULM編集部で作成)



 肉類の支出額が増え続けている一方で、2018年の魚介類全体の支出額は、03年比で26.4%減。15年間で実に4分の3以下に落ち込んでいるのです。

 これは、逆に言えば、魚介自体の消費が落ち込むなかでも干物には一定程度の根強い需要があるということも意味しているといえるかもしれません。

 そこに目を付けた会社がありました。食品のプロデュース業などを展開する「.science(ドットサイエンス)」(中央区銀座)。干物にこれまでとは異なる価値づけをしアップデートすることで、新たな需要を掘り起こそうと試みています。

伝統干物の良さを、科学的に証明する

 代表を務めるのはウェブ業界でマーケティングなどの経歴を積んだ小澤亮さん。国内の農畜水産の生産者の支援に取り組むなかで、干物業界の現状を知ったと言います。

 いわく、干物を取り巻く状況で支出額の減少以上に深刻なのが「古くからの生産者の減少」。

 同社の調べによると、従業員数9人以下の小さな干物メーカーは、2002(平成14)年から2016年の14年間で約33%が廃業しました。工場などの大量生産に頼らない、丁寧な手仕事をする職人の数が減ってきているというのです。小澤さんが現場取材で訪れた神奈川県の小さな漁師町、真鶴町では、かつて十数軒あった干物屋の数がわずか2軒にまで衰退していると言います。

「工場生産による干物が流通の主流になるなか、価格競争では伝統の干物は太刀打ちできません。それならば、伝統製法の良さを客観的なデータとともに明示して、さらには新しい食べ方・調理法も一緒に提案できないかと考えました。価格相応の価値がある食材なのだということを、消費者に知ってもらいたかったのです」(小澤さん)

従来の干物イメージを刷新した、「アタラシイヒモノ」製品を使った料理(画像:ドットサイエンス)



 小澤さんのほか農業科学者やフレンチシェフといったメンバーで構成される同社の特長のひとつは、プロデュースする食品の価値に科学的エビデンスでアプローチすること。

 地場産の魚を「さばく」、伝承の調味液に「漬け込む」、乾燥台に載せて天日でじっくり「干す」という“手間ひま製法”の干物の良さを科学的に証明するため、日本獣医生命科学大学(武蔵野市境南町)に成分分析を依頼。

 結果、伝統製法のサバ塩干しは工場生産された同種の製品と比べて、グルタミン酸などのうま味成分が高く、逆に魚特有の臭みは非常に少ないことを発見したそうです。

 こうしたデータに加えて、男性シェフが新たな調味液やハーブやスパイスで下味をつける製法を考案。アクアパッツァやアラビアータ、ガーリックグリルなど、従来の干物料理のイメージを刷新する華やかなメニューの調理レシピと併せて、自社ブランド「アタラシイヒモノ」商品を2018年に発表しました。

古くからの職人技術を失わないために

 真鶴町で5代続く老舗干物メーカー「魚伝(うおでん)」と共同で作る「アタラシイヒモノ」は今、伊勢丹新宿店(新宿区新宿3)や銀座三越(中央区銀座4)などの百貨店で販売されているほか、人気料理雑誌「オレンジページ」とコラボレーションした調理イベントを開催するなど、少しずつ知名度と売り上げを伸ばしているそう。

 商品を使った十数種類のレシピをウェブサイト上に公開し、干物になじみの薄い若い世代にも調理方法を紹介しています。

神奈川県真鶴町の「魚伝」5代目店主、青木良磨さん(左)と、ドットサイエンス代表の小澤さん(画像:ドットサイエンス)



 これまで全国200人以上の農畜水産の産者を訪ね歩いた小澤さんは、古くから培われてきた日本の食文化や職人の技術が、まだまだ各地に残っていることを実感しています。そしてそれらが、放っておけば廃業などによってどんどん失われてしまう恐れがあるということも。

「大量生産が当たり前の時代に窮地に追いやられる、そうした技術や文化、そして生産者を、マーケティングの力で価値づけをして支援する取り組みをこれからも続けていくつもりです」(小澤さん)

 現在、干物のほかにもお餅のオリジナルブランドを立ち上げたほか、今後は「みりん」やバターなどの商品も地場生産者たちと共同で展開していくそうです。

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