シャネルズ『ランナウェイ』――大森と羽田で生まれた「2人の鈴木」って誰? 大田区【連載】ベストヒット23区(5)

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シャネルズ『ランナウェイ』――大森と羽田で生まれた「2人の鈴木」って誰? 大田区【連載】ベストヒット23区(5)

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スージー鈴木

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。

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人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。

『TRAIN-TRAIN』から感じるある種の先見性

 前回の足立区・北千住駅から日比谷線に乗って秋葉原駅へ。そこからJR京浜東北線に乗り換えて、大田区の玄関口 = 蒲田駅へ。今回の「ベストヒット23区」は、この大田区にまつわる名曲を探ります。

 ひとくちに大田区と言っても、案外面積が広く、実は東京23区の中で1位なのです(2位は世田谷区、3位は前回の足立区)。そのため、東海道線をはさんで、日本を代表する高級住宅街 = 田園調布を擁する「東急圏ウエストサイド」と、下町的な雰囲気の「京急圏イーストサイド」では、イメージがまったく異なります。

 今回は「京急圏イーストサイド」の方に目を向けます。蒲田駅、大森駅、そして羽田空港を結ぶトライアングルの中から、どんな名曲が生まれたのか。

JR大森駅の外観(画像:(C)Google)



 足立区編でのTBSドラマ話の流れで、大田区が誇るTBSドラマと言えば『はいすくーる落書』(1989年)。主演は斉藤由貴。斉藤演じる諏訪いづみが「京浜実業高校工業科」(架空)に英語教師として着任し、不良高校生と格闘するストーリーです。

 このドラマのロケ地が、羽田あたりのまさに「京急圏イーストサイド」。タイトルバックには、まだ羽田空港と直結していなかった頃の京急空港線が映ります(直結するのは1998年のこと)。そのタイトルバックに流れるのが、このドラマの主題歌にして、ザ・ブルーハーツの名曲『TRAIN-TRAIN』。

 この曲を名曲たらしめているのは歌詞。とりわけ強烈なのが「♪弱い者たちが夕暮れ」、そして「♪さらに弱い者をたたく」というフレーズです(作詞:真島昌利)。私はこのフレーズに文学性と、発表からちょうど30年経った現代の時代環境に通じる、ある種の先見性を確かめるのですが。

 それはともかく、『TRAIN-TRAIN』の「TRAIN」とは、あのドラマ上では、当時の不便な京急空港線だったのですね。「♪走って行け」「♪どこまでも」と歌っても、羽田空港の手前で寸止め。あとはバスで行かねばならないのでした。

1970年代の羽田空港を歌った『塀の上で』

 時代をさかのぼって、1970年代の羽田空港を歌った曲として忘れられないのが、はちみつぱいの『塀の上で』(1973年)。はちみつぱいは後のムーンライダーズの母体とも言えるバンドで、その京急空港線・大鳥居駅近くに生まれ、都立羽田高校を卒業した鈴木慶一を中心に結成されました。

上空から見た羽田空港と周辺の様子(画像:写真AC)



 彼らのアルバム『センチメンタル通り』は、1970年代前半の「京急圏イーストサイド」のニオイがぷんぷんする作品。中でも『塀の上で』には、「♪羽田から飛行機でロンドンへ」向けて、彼女が去っていく光景が歌われます。

 高度経済成長末期、京浜工業地帯の煙突がもくもくと吐き出す煙の中を、ロンドン・ヒースロー空港に向けた日航機が飛んでいくイメージが広がります。そして、鈴木慶一もその後、ムーンライダーズのリーダーとして、日本のニューウェーブ・シーンの顔役に向けて、飛躍していくのです。

 と、1980年代後半と1970年代前半の「大田区ロック」を見ていきましたが、今回は、この2曲にはさまれた1980(昭和55)年発売、大森の悪ガキたちによる曲を「ベストヒット大田区」に認定したいと思います。

 シャネルズ『ランナウェイ』――1980年の2月に発売、97.5万枚を売り切っていますから、かなりの大ヒットです。はちみつぱいが「羽田の鈴木(慶一)」なら、シャネルズのリーダーは「大森の鈴木」 = 鈴木雅之。

「二人だけの遠い世界」とはどこだったのか

 シャネルズのデビューヒット『ランナウェイ』も、歌詞が素晴らしい。「♪二人だけの遠い世界」へと「♪連れていってあげるよ」という、若いふたりのかけおち( = ランナウェイ)を歌ったもので、作詞は湯川れい子。

湯川さんと「直也」が落ち合った有楽町駅(画像:写真AC)



 この歌詞には、湯川れい子自身の実体験があったようです。2018年発売された、湯川れい子の自伝『女ですもの泣きはしない』(KADOKAWA)によれば、湯川が若い頃に大恋愛をした、ジャズ好きで遊び人の受験生 = 「直也」との「ランナウェイ」。

――遊んでばかりいる直也は、受験勉強をしろと言われて自室にとじ込められた。父親の目を盗んで2階から逃げ出し、私が待つ有楽町駅のホームにやってきた。(中略)その横顔には少年の面影が漂っていた。「連れていってあげるよ」と直也は言っていた。行き先は「二人だけの遠い世界」。

 湯川れい子の場合は有楽町駅だったようですが、「大森の鈴木」 = 鈴木雅之のどこか物憂げな声を通した「ランナウェイ」の舞台は、やはり1980年の国鉄(現JR)大森駅であってほしいと思います。

 大きなラジカセ(『ランナウェイ』はラジカセのCMソング)とドゥワップのカセットテープを詰めたかばんを抱えた若き鈴木雅之が、彼女とふたり、大森駅で全身水色の大宮行き京浜東北線に乗り込み、そしてふたりは、まだ新幹線など影も形もない大宮駅で立ちすくむ――「二人だけの遠い世界」行きの列車が向かうのは、上越線か、信越本線か、はたまた東北本線か――。

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