価格は通常の1.6倍 赤坂にかつて存在した「高級吉野家」を振り返る

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価格は通常の1.6倍 赤坂にかつて存在した「高級吉野家」を振り返る

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昼間たかし

ルポライター、著作家

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1985年5月にオープンした「特選吉野家あかさか」について、ルポライターで著作家の昼間たかしさんが解説します。

34年前の5月、赤坂にオープン

 牛丼チェーンの大手・吉野家ホールディングス(中央区日本橋箱崎町)の業績が好調です。2019年3~8月期決算の連結売上高は前年同期比6.7%増となる1070億6600万円。既存店の売上高も3月以降は前年同月を上回る状況が続いています。

牛丼のイメージ(画像:写真AC)



 その要因のひとつが3月から発表された新サイズです。「超特盛」「小盛」のふたつのサイズが加わったわけですが、とりわけ「超特盛」は大人気です。肉の量は大盛の2倍というビッグサイズ。発売前はその量に懐疑的な声もありましたが、蓋をあけてみれば1か月で100万食を売り上げるヒット商品に。筆者も何度か食べましたが、いくら食べても肉が続く宇宙。とても幸せな気分になれます。

 すっかり庶民の味方として定着した吉野家ですが、かつては高級路線を目指したこともあるのです。それが1985(昭和60)年5月、赤坂にオープンした「特選吉野家あかさか」。TBS近くの一ツ木通りにありました。

 1980年代初頭の不景気を経てバブル景気へと向かって経済が上向いていたこの時期、外食産業では高級路線がブームになっていました。吉野家と同じ時期に、ファミレスチェーンのすかいらーく(現すかいらーくホールディングス)が発売したのが高級ハンバーガーで、価格は880円。直径は13cmと普通のハンバーガーよりやや大きめで、米国産牛肉のハンバーグ140gにチーズ、パイナップルの輪切り、トマト、レタスが入った逸品でした。一部の店舗ではフライドポテトなどとセットで1250円で提供されていたといいますから、まさに高級品です。

 では、吉野家の高級牛丼はどうだったかというと量は一般の並盛と同じで価格は600円(味噌汁とおしんこのセットは750円)。当時は並盛が一杯370円だったので、けっこう強気な価格設定です。通常の並盛と違うのは肉の質。通常の牛丼はバラ肉を使っていましたが、こちらはショートリブを使用。吉野家には赤坂の店を「おいしい牛どんのシンボル店」とすることで、チェーン店のイメージを向上させようという狙いがありました。

店の雰囲気、あまりにも高級過ぎだった

 果たして、高級牛丼はどんな味だったのでしょうか。フリーライターの田沢竜次さんの著書『東京グルメ通信』(主婦と生活社、1985年)には、このように書かれています。

「やけに底の深い牛丼を持ち上げると、おや確かに吉野家牛丼の“匂い”がする。材料も同じ牛肉 + 玉ネギコンビだ。さすがに牛肉は、脂身がほとんどなく、しっとりと柔らかい。漬け物のレイアウトも美しい。紅ショウガの入った容器だって重々しいのだ。こんなムードだからして、ガツガツと一気食いってなわけにもゆかず、どんぶりパワーも心なしか気落ちしているようだ。なんか“場違い”なのよね」

 いつも大急ぎでかきこむ牛丼とは違う、独特の高級感が伝わってくる文章。田沢さんは「肉質もアップしていて、確かに美味かった」といいます。しかし、普段の吉野家に慣れていると場違い感もありました。というのも、店の雰囲気があまりにも高級過ぎたのです。

「通常の吉野家とは違う高級そうな深い丼に入った牛丼が、朱塗りのお盆で運ばれてくるし、従業員が絣(かすり)の着物を着ているし……ちょっとした和食処……いや、ハリウッド映画に出てくる、なんか間違った日本そのまんまだったんです」(田沢氏)

大人気の「超特盛」牛丼(画像:吉野家ホールディングス)



 牛丼というのは、あくまで庶民の食べ物。より上質の味で高級感をアピールしても魅力を感じる人は少なかったようで、高級吉野家はわずか数年で閉店してしまいました。安くておいしい牛丼をもっとたくさん食べたいという欲求を満たしてくれる超特盛の成功には、こうした失敗の経験があるのかもしれません。

 なお、高級吉野家は今も別の形で存在しています。それが国会議事堂内にある吉野家・永田町一丁目店です。和牛をふんだんに使った1200円の牛重は、一般人が勝手に入ることができないレアな店舗として知られています。

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