2020年開業、港区「高輪ゲートウェイ駅」 そもそも「高輪」ってどんな意味?
2019年10月13日
知る!TOKYO2020年春に開業予定の高輪ゲートウェイ駅の「高輪」は、古代の街道だったとフリーライターで古道研究家の荻窪圭さんはいいます。そんな高輪を、荻窪さんに歩いてもらいました。
「高輪」と書いて「たかなわ」と読む
そのネーミングに納得がいかなさすぎるというので署名運動まで起きた「高輪ゲートウェイ」駅。田町駅と品川駅の間にできる山手線と京浜東北線の新駅で、2019年11月16日(土)には新駅へ線路を切り替えるために、山手線と京浜東北線が16時まで運休する予定です。

「高輪ゲートウェイ」の「高輪」は「たかなわ」と読みます。難読地名のひとつですね。なぜそんな名前なのでしょう?
語源には諸説ありますが、いちばん有力なのが「高台の縄手(道)」が「高縄手」になり、「高縄」となり、「高輪」という文字が当てられたというもの。「高縄手」という地名は全国にいくつかありますから、これが語源というのはありそうです。実際に「高縄」と書かれた文献もあります。
「縄手」はもともと「田の中のあぜ道」を差しましたが、それが転じて長くてまっすぐな道も差すようになりました。「高いところの長くてまっすぐな道」。
高輪にそんな道があるのか?
あるんです。実は。古代から続く長くてそれなりにまっすぐな高台の尾根道が。今回はその古道の話。
泉岳寺経由で二本榎通りへ
高輪ゲートウェイ駅ができるのは、都営地下鉄浅草線「泉岳寺駅」のすぐ近く。国道15号(第一京浜)沿いです。この道は江戸時代の「東海道」そのものなので、以後「東海道」と書きます。

江戸時代からずっと幹線道路で、江戸時代は海沿いギリギリの道でした。道を安定させるため、海側に石垣を作っていたくらいです。
泉岳寺駅のA4番出口を出て東海道沿いに少し南へ行くと「高輪大木戸跡」があります。大木戸は江戸への出入口に設けられた木戸。街道の両側に土塁を作り、その間に木戸をつけ、夜になると閉じていました。その土塁が片方だけ残っているのです。車がびゅんびゅん走る大幹線道路の脇に、江戸時代の遺構が残っているというのは面白いものです。
これにちなむなら「高輪門」駅とか「高輪口」駅でもいいんですが、「高輪ゲートウェイ」ってカタカナが入ったのがなんとも平成っぽいというか、まあいいんですけど。
さてこの東海道は海沿いの低地の道なので「高縄手」ではありません。高縄手を求めて歩きましょう。

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