元気のない令和時代こそ、バブル期のむき出しな「欲望」が必要なワケ

豪華で派手すぎた過去の遺物として、否定的に振り返られがちなバブル時代。しかし、「1985-1991 東京バブルの正体」の著書がある、ルポライターで著作家の昼間たかしさんは、皆が自らの欲望に忠実だったバブル時代のパワーこそ、令和に必要だといいます。いったいなぜでしょうか。


もはや嘲笑の対象になっているバブル

 2020年の東京五輪に向けて、都内のあちこちで開発が行われています。それでも、街にまったく明るい雰囲気はありません。溢れているのは、五輪後に不況の波が押し寄せるのではないかという不安ばかりです。

熱狂に満ちたバブルのきらびやかなイメージ(画像:写真AC)

 日本人は、外国人観光客がアニメや音楽などの日本文化を目当てに来日するのを誇りながらも、これから先どのようにするべきか悩んでいます。汗を流して努力する姿が輝いていたかつての風景は、いつ消えてしまったのでしょうか。

 誰もが「癒やし」「まったり」といった言葉を求めています。お金儲けすら、汗水ではなく、ちょっとしたアイデアを使って行う人ばかりが多いです。

 しかし、かつて日本にも馬車馬のように働くことが輝く時代がありました。1980年代末のバブル時代です。

 バブル景気の時代は現在、否定的に捉えられてばかりです。さまざまなメディアでバブル時代が取り上げられるとき、そこに必ずあるのは「反省」です。将来を考えることなく我が世の春と謳歌し、「取りかえしのつかない失敗をした時代」としての視点が支配的になっています。

 そこで花開いた文化も肯定されることはありません。肩パットの入ったスーツにボディコン、トサカ頭というファッション。夏にはテニスにゴルフ、海。冬はスキー。異性と出会うために、恋愛を楽しむために散財を繰り広げた人たちは、もはや嘲笑の対象にすらなっています。

「社会への刺激」が肯定されていた時代


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