負の遺産が「図書館」に大変身 レンガとコンクリートの美しい調和、その驚きのリノベーション術とは

十条駅と王子駅から徒歩約10分の北区立中央図書館は、レンガ造りの外観が特徴的です。いったいなぜこのようなデザインになっているのでしょうか。都市探検家・軍艦島伝道師の黒沢永紀さんが解説します。


戦中は、弾丸の製造工場だった

 北区のほぼ真ん中、埼京線の十条駅と京浜東北線の王子駅からそれぞれ徒歩で10分くらいのところにある北区立中央図書館(北区十条台)は、かつての軍事施設をリノベーションして造られたものです。今回は、公立の施設とは思えない、その驚きの改築に迫ってみたいと思います。

かつての軍事工場を組み込んでリノベーションされた、北区立中央図書館の外観(画像:黒沢永紀)

 JR十条駅(同区上十条)の南一帯は、江戸時代に加賀藩の広大な下屋敷があった場所で、金沢小学校をはじめ金沢橋や加賀公園など、今でも随所にその名残を散見します。

 明治の中頃、小石川にあった軍用工場が下屋敷の跡地に移転し、JRを挟んで隣接する板橋、さらに北に位置する赤羽の工場と併せて、その規模は都内最大を誇りました。十条の南は「東京第一陸軍造兵廠(しょう)」、板橋のエリアは「第二陸軍造兵廠」(ともに第二次世界大戦中の名称)と呼ばれ、それぞれ弾薬や火薬を製造していたようです。

 戦後、GHQの接収の時代を経て、1958(昭和33)年から暫時返還。施設や跡地は自衛隊の駐屯地ほか、おもに大学や公園に転用されました。中には民間に貸し出された施設もありましたが、平成を迎える頃にはほとんどが解体され、最後まで残っていた施設のひとつが図書館にリノベーションされた軍事工場です。

 1919(大正8)年築の工場は、総レンガ造りにもかかわらず、関東大震災を生き抜いた強者で、戦中は弾丸の製造工場として使われていたもの。返還後は、東洋護謨(ごむ)化学工業(現・東洋クオリティワン)がタイヤの再生施設として使用していました。

 1989(平成元)年に閉鎖された工場は、その後北区へ移管され、鬱蒼と茂る草むらの中に廃墟として佇みながら、戦時の残り香を静かに伝えていました。都内の廃墟では珍しく自由に出入りができたので、何度か訪れたことがあります。窓から差し込む光が、鉄骨の天井を幻想的に映し出す、とても美しい工場だったのが思い出されます。

残った柱はすべて八幡製鉄所製


【写真】工事中、いっさい手をつけることなくそのまま図書館に組み込まれた「ラチス柱」

画像ギャラリー

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