羨望の的から今や「絶滅危惧種」へ 30年前に超人気だった職業を覚えていますか
1989年出版『憧れの仕事100』 人工知能(AI)によって人間の仕事が奪われてしまうのではないか、とか、10年後にこんな職業が無くなってしまうかもしれない、なんて話も、しばしば聞かれる時代。それでも、誰しもあこがれの職業というのはあります。 将来なりたい職業の夢のために、東京へやってくる人はいつでも絶えないものです。だからこそ東京はやっぱり「夢の街」なんでしょう。 さて今回は、今よりも東京がにぎやかだったバブルの時代。どんな職業が人気を得て、なぜ人気だったのかを紹介します。 そのためのガイドは1989(平成元)年マガジンハウス(中央区銀座)発行の『憧れの仕事100CATALOG』。 当時もクリエーティブ業界が人気 当時の女性向け雑誌『Olive』のレーベルで発行された本ですので、基本は女性読者を想定したものの様子。いったいここでは、どんな職業が紹介されているのでしょう。 この本、時代を反映してか業界(というより、ギョーカイ?)別にさまざまな職業を紹介していく構成です。 一部、資格系の職業がある以外はクリエーティブな業界が中心です。なにしろ、最初からファッション、出版、広告、放送、音楽、映画、外国語を使ってなんてジャンル分けが行われているのですから。 まず気になるのが、40年ほどの時を経て消えた職業名が存在することです。「ハウスマヌカン」はその代表格といえるでしょう。 「ハウスマヌカン」って何?「ハウスマヌカン」って何? ハウスマヌカンとは、ブティックでその店の商品である服を着て店頭に立つ販売員のこと。ちなみにハウスにマヌカン(フランス語でモデルの意味)を足した日本語です。 1980年代に一世を風靡(ふうび)したDCブランドから登場したもので、単なる販売員ではなくいわば「生きたマネキン」として商品のアピールを求められた職業です。 1980年代、小説の題材になるほど浸透していたハウスマヌカン。ブティックの販売員ながら、モデルやアドバイザーなどの役割も果たした。画像は1987年『ハウスマヌカン殺人事件』(画像:祥伝社) 単なる販売員の枠を越えて、DCブランドをかっこよく着こなし、ファッションの助言までこなすということで若者たちのあこがれの対象になりました。 しかし、実際には厳しい業界。現在のショップ店員もそうであるように、現場でスキルを磨いて営業成績もこなしながら足場を築いていく職業。当然最初は安い賃金からのスタートです。 1986(昭和51)年にヒットした、ややの『夜霧のハウスマヌカン』では 「ファッション雑誌 切り抜いて 心だけでもNew York」 「お金もないのに みえを張る」 なんて、切ない実情をさらけ出すような歌詞が話題になりました。でも、むしろそんな実情の中でもあえてと、この職業を志した女性が多かったようです。 その後、DCブランドの流行が落ち着くと次第に言葉も使われなくなり現在のショップ店員に代わっていきました。ところが2018年4月に突如、ハウスマヌカンがネットのトレンドキーワードになったことがあります。 NHK朝の連続テレビ小説『半分、青い。』で「あの人ハウスマヌカンだったでしょ?」というせりふが登場、意味がわからなくて検索する人がたくさんいたからのようです。 意外と過酷「ツアーコンダクター」意外と過酷「ツアーコンダクター」 次に気になるのが、ツアーコンダクターです。今も無くなってはいませんが、最近では当時ほど「なりたい」という人を聞かなくなった職業と言えるのではないでしょうか。 海外旅行が人気になっていた1980年代、ツアーコンダクターは特に女性にとってあこがれの職業でした。お金をもらって海外に行けるし、語学力を生かして仕事ができる輝かしい職業だったのです。 当時、ツアーコンダクターになるための解説本などが何冊も書店に並び、人気を博した。画像は1987年『ツアー・コンダクターになれる本』(画像:大和出版) もちろん、その華やかな雰囲気とは裏腹に厳しい職業であることは当時も知られていないわけではありませんでした。 まだ海外旅行に慣れている人は少なく、海外での日本人のマナーも褒められたものではない時代です。語学力を生かして顧客を案内するというよりは、何から何まで引き受ける雑用係といった側面も否めない職業だったのです。 それでも、自分のスキル次第で輝け、旅行して暮らせるという魅力ゆえに、なりたい人は少なくありませんでした。ただ次第に日本人が海外旅行に慣れて、個人旅行へとシフトしていくと、あこがれの職業としての印象は次第に薄れていきました。 むしろ、現在は(コロナ禍で大変ですが)日本に来る外国人観光客を相手にする職業となっているように見えます。 実際、この本で記された100の仕事を見ると、そうそう無くなる仕事などないものだな……と思うのですが、じっくり見ていると、ありました。ハウスマヌカン以上に名乗る人の絶えた職業が。 絶滅危惧種?「エッセイスト」絶滅危惧種?「エッセイスト」 それはエッセイストです。 この職業。解説文が時代を感じさせます。 「大きな書店には必ずエッセイのコーナーがあり、毎月多くの新刊が並んでいます」。さらに、「エッセイは、1つのテーマについての文章量が少なく、文体も比較的読みやすいので、人気も高いようです」と。 2020年の今から振り返ると、なんだか少し違和感のある文章です。 SNSなどを通じて誰でも文章を発信できるようになった現代は「1億総エッセイスト」時代と言えるかもしれない。画像は2004年『寿司屋のかみさん、エッセイストになる』(画像:講談社) 今もエッセイストという肩書で活動されている方は著名な文筆家もいらっしゃいますが、「エッセイを書きたい」という人は、「コラムを書いて暮らしたい」という人と同様に絶滅危惧種になっています(そういえば、かつてはコラムニストという職業も一世を風靡〈ふうび〉しましたが、最近はなりたいという人を聞きません)。 これはインターネットが普及し、SNSやブログなど表現手段が身近になった中で存在価値が失われていった職業だといえます。 むしろ今やネットに触れてSNSなどに投稿する人なら、誰でもエッセイストやコラムニストと言えるのかもしれません。 「プロ」のハードルは高くなる「プロ」のハードルは高くなる この本が出版された1989(平成元)年頃、まさか10年後にはインターネットが普及して、みんなが文章を書いて公開するようになり、素人の文章でも皆ある程度は満足するようになる……とは、誰も予想し得なかったことでしょう。 そう考えると、AIの普及や技術発展で完全に消滅する職業は少ないかもしれませんが、、本当の「プロ」を名乗れる人はおのずと限られていく……というのは、あり得る未来ではないでしょうか。
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