日本人はなぜ「せっけんの香り」が好きなのか
日本人に根付かない海外製の香水 4月8日の「シャボン(せっけん)の香りの日」制定を記念したシンポジウムが2019年同日、都内で開催されました。主催は、商社やメーカーなどの有識者から成る「シャボン(せっけん)の香りを普及させる会」評議会です。シンポジウムでは同会事務局長で、ウエニ貿易(台東区池之端)の昆沙賀(びさか)泰丈さんが登壇。昆沙賀さんは、化粧文化の第一人者として知られる同会顧問で、駒沢女子大学教授の石田かおりさんの論文「日本におけるフレグランスの社会的受容に関する文化論的考察」(2011〈平成23〉年発表)を基にプレゼンテーションを行いました。なおシンポジウムには、清潔感あふれる「ベストシャボニスト」として、モデルでアーティストの伊藤千晃さんと、美容誌「VOCE(ヴォーチェ)」専属モデルのメドウズ舞良(まいら)さんも登場しました。 日本人にとって、せっけんはとても身近な存在(画像:写真AC) 昆沙賀さんのプレゼンテーションは、次のとおりです。 「弊社(ウエニ貿易)は約20年間、海外製の香水を卸しています。約20年前は女子高生を中心に、香水が非常に流行っており、ボトルの形状が特徴的なものから、色がピンクやブルーのパステル調のもの、芸能人やモデルとタイアップしたものまで、さまざまでした。全体的に、見るからに可愛いらしい商品が多かったです。実際、そのような商品が良く売れていましたし、香りの系統では『少し甘め』のフローラルスイート系が多かったと記憶しています。 当時そのような商品が数多く生まれましたが、継続的に現在も販売されているものはごくわずかです。海外製のブランド香水もさまざまな新製品が販売されていますが、ブランド名やボトルの形状、インパクトのある商品名で最初はある程度売れるのですが、売れ続けるものは非常に稀です。 このような結果から、日本人には海外の『香水文化』がさほど根付いていないことが分かります。香水の出荷量も近年ほぼ横ばいといった状況です」 ほのかな香りで十分だった日本ほのかな香りで十分だった日本 昆沙賀さんは続けます。 「香りは、海外の人たちにとって極めて重要です。体臭と香水が混じり合い、自分独自の、世界でただひとつの香りを作り出す――そのような意識で、海外の人たちは香水を使っています。 その一方、日本の人たちは室町時代から、香りを体に直接付けるようなことをせず、室内を香らせたりや、衣服に香りを付けたりしていました。また、香木(こうぼく)を使って、香りを当てる遊戯が香道(こうどう)と呼ばれるなど、ほのかな香りを身に着けることが上品とされていました」 シンポジウムで登壇する「シャボン(せっけん)の香りを普及させる会」評議会事務局長の昆沙賀泰丈さん(2019年4月8日、國吉真樹撮影)「『湯水のごとく』という言葉があるように、日本は水を惜しみなく使える数少ない国で、誰もが十分な水で清潔さを保つことができる国です。そのため、体臭を洗い流して香りを付ける場合、ほのかな香りで十分だったのです。日本人独自の化粧意識が生まれるのは自然な成り行きといえます。 日本人の美的感覚に見られる表現として、『素(そ)の美』と『綺羅(きら)の美』があります。『素の美』とは簡素な美です。そぎ落としたり、覆い隠したりすることで、装飾性を引き、人手をかけているのを隠し、あたかも自然にそうなった、あるいはもともとそうであったかのように見せるというのが特徴です。反面、『綺羅の美』は装飾を加えていく美で、このふたつは両極の存在となっています。 他人に気づかれないように香水を使うことで、『良い香りがするので、好感が持てる』と思わせるのが『素の美』です。人工的に香りを付けたように思われないためには、香りの使用量ではなく、その種類が大切です。日本人にとって、それがせっけんの香りなのです」 女性の6割「せっけんの香り」が好き「日本人がシャボンの香りを好む調査データを紹介します。これらを見ると、世代や性別を問わず、日本人はせっけんの香りを好むことが分かります。 調査で『好きな香りの種類』について質問したところ、男性は『せっけんやシャンプーの香り』が46.5%と最も高く、次いで『柑橘系の香り』が37.8%、『フルーツ系の香り』が25.3%となりました。一方、女性は『せっけんやシャンプーの香り』が60.0%と最も高く、次いで『柑橘系の香り』が53.0%、『フラワー系の香り』が44.8%という結果でした。 日本人が好きな香りの系統は、せっけんが35.3%と最も高く、『無香・無臭』『フローラル系』『森林』『バラ、ローズ』と続きました。このことから、香りの主張が強くないものが好まれていることが分かります。また、『せっけん = 清潔感』というイメージがあるようです」 ※ ※ ※ ウエニ貿易でも、せっけんの香りが付いた香水製品は、2009年の発売時から売り上げを年々伸ばしており、「発売5年目と9年目の出荷本数を比較すると146%の伸び。弊社だけでなく、競合他社による同様の商品も好調で、せっけんの香りが付いた香水製品は間違いなく伸びるでしょう」(昆沙賀さん)といいます。 水量の豊かさゆえ、昔からほのかな香りで十分だったという日本。その独自の化粧意識が時代の流れを受けてどのように変化するのか、今後も目が離せません。
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