がれきから立ち上がった海辺の街「豊洲」、日本の近代化を支えた“泣ける話”

 築地市場が移転となり、大きな注目を浴びた豊洲エリア(東京都江東区)。便利なショッピングモールに、話題のお出かけスポット、そびえるタワーマンション…。しかし、そんな風景はすべて、「がれき」の上に立ったものでした。意外と知らない“豊洲の姿”をご紹介します。

豊洲は何を埋め立ててできた場所?

 東京のお台場や、ディズニーリゾートのある千葉県舞浜などと同じように、豊洲エリアも埋め立て地であることはよく知られています。しかし、その埋め立てに使われたのが「がれき」であることを知っている人は少ないのではないでしょうか。

 実は、豊洲はもともと、関東大震災のがれきの山の処理のために造られた土地だったのです。ほかの東京湾岸エリアの埋め立てでは、海底からすくい取った土砂が使われていますが、豊洲の埋め立てに使われたのは、関東大震災(1923年)で発生した大量のがれき。死者・行方不明者10万人以上、マグニチュード7.9の巨大地震では、多くの建物が倒壊しました。そのがれきを処理するために、豊洲エリアの埋め立てが利用されたのです。

 埋め立て作業は、震災から8年後の1931年に終了。豊洲一帯が完成しました。当初は「東京湾埋立5号地」などと呼ばれていましたが、1937年に「豊洲」と正式に命名されました。名前の由来は「豊かな土地になるように」という願いを込め、都民からの公募で選ばれたそう。

 豊洲という地名には、大きな犠牲の象徴である、がれきを使って造られた土地でありながら、それでも、負けずに立ち上がる希望と祈りが詰まっているのです。

「豊洲」という地名には、人々の希望と祈りが込められていた(画像:PIXTA)



東京の発展を支えてきた豊洲

 新たに「豊洲」と命名された土地に1939年、石川島造船所(現:株式会社IHI)の工場が建設され、戦時中はこの辺り一帯が軍の施設として利用されました。以降、豊洲は戦争が終わるまで、造船所や鉄工所などが並ぶ重要なエリアとなります。

 一方で、戦後は、焼け野原となった東京の復興のため、エネルギー基地として重要な役割を果たしていくことになります。1956年には、東京ガスの工場が東京都心部へエネルギーを供給するために操業を開始。エネルギー拠点として豊洲があったおかげで、東京、ひいては日本は、戦後の復興と著しい経済成長を遂げることができたと言っても過言ではありません。

 日本初のセブンイレブン、「セブン−イレブン第1号店」(東京都江東区・豊洲店)ができたのは、そこから約20年後の1974年。24時間稼働している工場地帯だからこそ、そこで働く労働者たちの生活を支えるために、コンビニエンスストアが必要とされたのです。

現在のセブンイレブン豊洲店(画像:セブン&アイ・ホールディングス)

 都心部へのエネルギー供給の重要拠点であった豊洲が、工場地帯から、現在のような海辺のおしゃれな街へと姿を変えるきっかけになったのが、東京都が1990年に策定した「豊洲・晴海開発整備計画」(通称「豊晴計画」)です。

 当時の豊洲エリアは、昼間は工場などに働きに来る人が多かったものの、地価の上昇などに伴い、居住者は少なかったといいます。そこで、この豊晴計画では「職」と「住」の両立を目指して、工場が建ち並ぶ一帯を居住スペースとしても利用できるように、再開発を行うことが決められました。

 この大規模都市計画は、2006年10月にオープンした「アーバンドックららぽーと豊洲」によって、一気に進められることになります。

豊洲で歴史探訪がおすすめ

 グルメやファッション、映画館、「キッザニア東京」など、ファミリーで楽しめる施設までが一挙にそろい、いまや、豊洲のランドマーク的存在になっている「アーバンドックららぽーと豊洲」は、かつて、東京を支えた造船所の跡地に建てられました。そのため、敷地周辺には、当時の工場で使われていたものがオブジェやベンチになっていることもあり、実際に触れることができます。

実際の船のパーツがオブジェとして残されている。奥に見える車輪のベンチもユニーク(画像:豊洲ぐるりパークセンター)



 ららぽーとの大成功により、豊洲エリアの再開発が加速。地上50階建てにもなるタワーマンションが次々と建ち並び、富裕層が集まるようになります。

 居住スペースとしてだけでなく、他地域から遊びに来る人たちをターゲットにした娯楽施設も充実。昼間も夜も美しい景色が堪能できる美しい水辺の公園「豊洲公園」や、個性的な美術館でデートにも人気の「teamLab Planets TOKYO」、そして、2018年10月に築地から移転した「豊洲市場」など、一日いても飽きることのない“憧れの街”として生まれ変わりました。

見所にあふれた豊洲エリアの風景(画像:写真AC)

 先ほどご紹介した、ららぽーとの近くにある船のオブジェのように、係船柱(船を岸壁にする際にロープをつなぎ止める金属製の柱)の名残や、石炭や鉄鉱石などを運ぶ貨物列車の線路跡など、その歴史の片鱗を垣間見られるようなスポットを探してみるのも面白いでしょう。

 東京ガスが運営するガスの科学館「がすてなーに」(東京メトロ有楽町線「豊洲駅」より徒歩6分)や、IHI(旧:石川島造船所)の本社ビルにある「i-muse(アイミューズ)」(同「豊洲駅」より徒歩約5分)など、歴史を楽しんで学べる博物館もあります。

 関東大震災のがれきという、大きなマイナスからスタートした豊洲は戦前~戦後の日本を支え、何度も生まれ変わり、たくましく進化を続けています。家族でお出かけの際には、きらびやかな“今の豊洲”だけでなく、その歴史に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

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