なぜ羽田空港からの「弾丸旅行」が増えたのか? 国際化10年で振り返る

かつては「羽田空港 = 国内線」だったイメージも、現在では「羽田から海外」が当たり前に。その歴史について、ジャーナリストのシカマアキさんが解説します。


「羽田から海外」はここ10年の話

 日本を代表する空の玄関口と言えば、東京国際空港(羽田空港)です。いまや国内線のみならず、国際線も多く就航しています。日本各地へはもちろんのこと、海外へ行くのもとても便利になりました。

「羽田から海外」は、実はこの10年足らずで一気に拡大したこと。それまでは、主に国内線のみを運航する空港でした。空港名に“国際”と付く通り、かつては国際線も多く飛んでいましたが、千葉県に成田空港が開港してから、国際線が羽田から成田へ移管されたのです。

羽田空港で国際線が発着する第3旅客ターミナル(画像:シカマアキ)

 そして今、再び羽田に国際路線が次々と就航しています。この10年で激変した羽田空港の国際線。羽田空港が国際路線を就航し始めた経緯、なぜ羽田が航空会社や利用客に人気なのか、そして主にどの海外へ行けるのかなどを今回は紹介します。

成田開港で羽田は国内線空港に

 羽田空港の歴史は、日本初の国営民間航空専用空港として「東京飛行場」が、1931(昭和6)年8月に開港したことで始まりました。

 太平洋戦争後にアメリカ軍に接収されて「ハネダエアベース」となり、1958年7月に全面返還。1978年5月の成田空港開港に伴い、台湾の中華航空(現在のチャイナエアライン)を除く国際線が移転したことで、国内線空港となりました。

羽田空港には4本の滑走路があり、沖合にあるのが「D滑走路」(画像:(C)Google)

 国際線の定期便として唯一残っていたチャイナエアラインも、2002(平成14)年4月に、同じ台湾のエバー航空とともに成田へ。ここでいったん、羽田空港の国際定期便は終了しました。

 しかしその後、2003年11月に羽田=ソウル(金浦)線、2007年9月に羽田=上海(虹橋)線、2008年4月に羽田=香港線、2009年10月に羽田=北京線が続々就航。定期便でなく、あくまで臨時という意味合いも持つ「国際旅客チャーター便」の位置づけでしたが、羽田の利便性の良さなどから、このチャーター便には利用客の人気が集中しました。

 日本を含む世界的な航空需要の高まり、成田空港の飛行機騒音問題などにより、羽田の沖合を活用した空港拡張計画が進行。2010年10月、4本目の滑走路「D滑走路」が供用開始し、新たな国際線ターミナル(現在の第3旅客ターミナル)が開業しました。

当初は深夜・早朝のみだった


【画像】今と全然違う? 60年前の「羽田空港」

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