昭和の小学校に必ずあった「OHP」「わら半紙」が知らぬ間に姿を消したワケ

情報通信技術は日々進化し、昭和時代の学校にあった備品も次々となくなっています。今回は懐かしいあの備品について振り返ります。エデュケーショナルライターの日野京子さんが解説します。


一定の世代以上なら知っている機械

 教育現場に最新技術を導入したい国の方針や、時代の流れもあり、学校ではそのような技術を取り入れた教育が着実に行われています。

 デジタル教科書の導入も取り沙汰されており、それに伴い、電子黒板やプロジェクターの整備も急務となっています。東京都の公立学校では順調に進んでおり、2020年度までに、普通教室の大型提示装置(電子黒板やプロジェクター等)の整備率は78.8%と全国平均を8.8%上回っています。

 これまでは「学校の授業 = 板書」でしたが、このように大きな転換期を迎えているのです。

 さて皆さんは、昭和時代にも電子黒板のような機器が教室の片隅に置いてあったことを覚えているでしょうか。使用も年に数回程度と少なかったものの、なぜか存在感があったあの機器です。

OHP(画像:イラストAC)




 その名は「OHP(オーバーヘッドプロジェクター)」。透明のシートに書いた文字やイラストを天井からつるされたスクリーンに映し出すものです。現在学校で使われている書画カメラと同じ役割を担っていました。

 昭和の小学校では班ごとに調べたことをOHPで発表していましたが、現在はICT技術が進化したこともあり姿を消しました。

消しゴムを使うと破れる「わら半紙」


この記事の画像をもっと見る(3枚)

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/10/211030_bihin_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/10/211030_bihin_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/10/211030_bihin_03-150x150.jpg

おすすめ

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画