人が消えた廃墟都市……話題の作品集『東京幻想』が暗示した「2021年の東京」とは

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人が消えた廃墟都市……話題の作品集『東京幻想』が暗示した「2021年の東京」とは

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コロナ禍の2020年初夏に発売され、大きな話題を呼んだ『東京幻想 作品集』。人が消えて廃墟と化した東京の街を描いたこの作品には、どのような思いが込められているのでしょう。作者に話を聞きました。

朽ち果てた都市を描く『東京幻想 作品集』

 建物が朽ちて人ひとり見当たらない、廃墟と化した街。その廃墟を覆い尽くす、青々とした草木や水。

 2020年初夏、新型コロナ禍に見舞われた日本・東京を比喩するかのような画集が発売されて、大きな反響を呼びました。

『東京幻想 作品集』(芸術新聞社)。帯に書かれた「東京に何が起きたのか!?」という問いの答えは明かされないまま、変わり果てた新宿や渋谷、銀座、浅草、新橋、池袋の街が、精緻な筆で描き出されています。

 この作品が2020年の私たちに問いかけたものとは何だったのか。1年の終わりに作者を訪ねました。

作品世界をなぞるように、コロナは拡大していった

 国内での感染者数がじわじわと拡大を見せ始めていた2020年2月。都内在住のクリエーター東京幻想さんは、本作刊行に向けた制作作業のただ中にいました。

「これはまずいな」

 次々報じられるニュースに覚えたのは、そんな感想。作中の世界観をなぞるかのように街から人が消え、経済活動が停止していく様子に、まず懸念したのは「オリンピックが開催されないかもしれない」ことでした。

 2019年夏から計画が動き出した本作はもともと、五輪開催によるインバウンド(訪日外国人観光客)需要など東京への注目が高まることを想定したもの。悪い予感は的中した一方、作品の数々が「まるでコロナ禍の世界を表しているよう」とSNS上で話題になり、結果として多くの人の目にとまることとなりました。

東京が持つ華やかさとはかなさ、強さと脆さ

「東京幻想」としての活動をスタートさせたのは2008(平成20)年。自身で撮影した写真を基にデジタルツールで“現実”の風景を描き起こし、その上に破壊や緑、季節や時間帯を描き加えていきます。

作品集にも収められている「新宿南口幻想」(画像:東京幻想)



 舞台は東京。「東京は子どもの頃から慣れ親しんだ街ですし、絶えず変化を繰り返している街でもありますから」。

 たとえば作中に描かれたJR原宿駅の木造駅舎や、渋谷駅・ハチ公前広場の電車モニュメント「青ガエル」は、取り壊しや移設によって姿を消し、今はもうありません。

 ここは、いくつもの建物や流行が生まれる代わりに古いものがひとつ失われていく場所。幻想さんはそこに「華やかさとはかなさ、力強さと脆(もろ)さといった、さまざまなコントラスト」を見ます。

私たちの「破滅願望」が現実になったとき

 作品にはしばしば、「美しい」という感想が寄せられます。なぜ人は、廃墟化した東京を美しいと感じるのでしょうか。

「日常の中のしがらみや軋轢(あつれき)から、ほんのひととき解放されたい、自由になりたいという願望を、廃墟に投影するからではないでしょうか。破壊された世界に、ある種の快感のようなものを覚えるのかもしれません」

 普段私たちが身を置いている東京が、もしも突然壊れて崩れ落ちてしまったら? 「そんなふうに考えたことがある人はきっと僕だけではないでしょうし、僕自身は、これまで何度も何度も妄想してきました」。

銀座4丁目の交差点に立つ東京幻想さん。この場所を舞台にした大型の新作も近日公開予定(2020年12月17日、遠藤綾乃撮影)



 渋谷のスクランブル交差点から、銀座4丁目の目抜き通りから、いっさいの人がいなくなる場面を。経済活動が止まり、それにより空気は澄んで、力を取り戻した自然が人間の文明をやすやすと凌駕(りょうが)していく様を。

 コロナ禍、私たちのそんな“妄想”は半ば現実のものになりました。

それでも日々は続くし、人間はたくましい

 ただ、作品と現実とで大きく異なっていたこともあります。たとえコロナが地球全体を覆っても、私たちひとりひとりのミクロな生活は終わることなく、人々の日々はたんたんと続いていくということです。

「思うように外出できなくなって家に閉じこもった期間にも『おうち時間』という言葉が生まれて、ベランダにテントを張ってキャンプ気分を楽しんだりカフェのメニューを自作して再現したりする人たちが現れましたよね。人間って、やっぱりたくましいなと思いました」

何かを失ったときにしか見えないもの

 作品を通して感じてほしいのは「絶望よりも希望」。各メディアのインタビューで、幻想さんはたびたびそのように答えてきました。

「最も描きたいのは、(崩壊の後に)立ち上がり、一歩を踏み出す瞬間なんですよ。なぜなら、失ったり落ち込んだりしたときにだけ見えるものがあって、それこそが新しく生まれる世界であり希望でもあるからです」

 その言葉の通り、人が消え時が止まってしまったかのように見える作品集は、ページを進めていくたびに決してそうではないということに気づかされます。

春夏秋冬、季節ごとの変化が描かれた連作のひとつ「新国立競技場幻想 冬」(画像:東京幻想)



 季節が回って、夏の日差しで青々と繁茂した草木は冬の雪に覆われ夜の闇に包まれますが、その後にまた朝はやって来て街は再び陽光に照らされます。人の姿は見えなくても、破壊の後でも、世界は続くということを思わせる時間の流れが確かに描かれています。

 読者はそこに、破壊という快楽だけでなく再生への希望を見るのかもしれません。

作品集が暗示した、2021年の世界と東京

 2020年、誰もが立ち止まることを余儀なくされ、これまで当たり前だったさまざまな社会機能が通用しなくなった1年は、あえて例えるなら「全てがゼロにリセット」された作中の世界。

 であるならば2021年は、作品に暗示された再生への一歩を踏み出す年になるのではと読み解くこともできます。

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高さ2.4m全長16.2mの描き下ろし大作もお目見えする展示会。2020年12月26日から有楽町マルイにて(画像:東京幻想)

「東京幻想2021-spring-」と題した展示会が、2021年3月16日(火)~4月7日(水)に新宿マルイ(新宿区新宿)で開催中です。

 東京幻想さんは3月27日(土)、4月1日(木)、4日(日)、7日(水)の13~16時頃に来場予定です。

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