『鬼滅の刃』連載の『週刊少年ジャンプ』 90年代に勃発したジャンプvsマガジンの黄金時代をご存じか

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『鬼滅の刃』連載の『週刊少年ジャンプ』 90年代に勃発したジャンプvsマガジンの黄金時代をご存じか

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昼間たかし

ルポライター、著作家

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国民的な人気を誇る『鬼滅の刃』がかつて連載されていた『週刊少年ジャンプ』は、1990年代にライバル誌と壮絶な激闘を繰り広げていました。ルポライターの昼間たかしさんが解説します。

『鬼滅の刃』は『週刊少年ジャンプ』連載

 コロナ禍で先行きが心配された都内各所の映画館ですが、『鬼滅の刃』人気でなんとか踏みとどまっている印象を受けます。一部の映画館では、ほかの上映作品を切り上げてまで同作を上映しているところもあります。また、単行本の最終刊が発売された12月4日(金)には、都内の書店で朝から行列ができました。

『鬼滅の刃』がコロナ禍でなにかと落ち込みがちな東京の人々の心の支えになっていることは間違いありません。

TVアニメ『鬼滅の刃』(画像:(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable、エクシング)



 さて、そんな『鬼滅の刃』が連載されていた『週刊少年ジャンプ』は、かつて地方から上京してきた人が東京を感じる要素のひとつでもありました。

 なぜなら、都内の書店には『週刊少年ジャンプ』が毎週月曜日にしっかり並んでいたからです。今では物流が発達したおかげで是正されていますが、地方は配送の都合で火曜日や水曜日にならないと書店に並ばないこともあったのです。

 そのため「ジャンプが月曜日に売ってる。ともすれば金曜日に並んでる」というだけで地方民は東京の素晴らしさを感じたものでした(注:早売りは本来契約違反です)。

少年向けコミック誌発行部数でいまだ独走

 たびたび話題になっていまる『鬼滅の刃』の単行本発行部数ですが、一方、掲載誌である『週刊少年ジャンプ』の発行部数はどうでしょうか。日本雑誌協会(千代田区神田神保町)の公表している最新データによると現在の発行部数は167万245部となっています。

『週刊少年ジャンプ』のウェブサイト(画像:集英社)



 これは、少年向けコミック誌ジャンルではもっとも多い部数です。俗に四大誌という雑誌を見ると第2位が『週刊少年マガジン』の70万4117部。次いで『週刊少年サンデー』の27万2396部。『週刊少年チャンピオン』の25万部となっています。

 1994(平成6)年に記録した653万部に比べて4分の1程度に落ち込んでいますが、まだに2位以下を大きく引き離し独走態勢にあることは間違いありません。

 しかし独走態勢も今後はどうなるかわかりません。雑誌は人気連載ひとつで勢力を大きく変わるものだという歴史があるからです。それが1990年代後半の『週刊少年ジャンプ』vs『週刊少年マガジン』の戦いです。

1997年末、『週刊少年マガジン』が逆転

 前述のように653万部の記録を打ち立てた『週刊少年ジャンプ』ですがその後、部数が減少し始めます。その理由は『ドラゴンボール』『幽遊白書』『スラムダンク』など、同誌の部数を支えていた人気連載の相次ぐ終了によるものでした。

 1996年の推定発行部数は出版科学研究所によると480万部とされています。この原因は次に続く作品が現れなかったことです。

 これに対する集英社(千代田区一ツ橋)の対応は早く、1996年2月には当時『Vジャンプ』編集長に転じていた名編集者の鳥嶋和彦氏を編集長に据えています。

 当時取材に応じた鳥嶋氏は「(終了した人気連載に続く)代わるべきものがなかった」と率直に認め、部数を伸ばした長期連載に依存していた編集体制を「連載が長期化し、新陳代謝が図られなくなる。入ってくる担当者も先輩の残した漫画を引き継いで、それを無事に大過なくやるという形で進んでいく」と自省しています(『創』1997年8月号)。

『週刊少年マガジン』のウェブサイト(画像:講談社)

 このインタビュー後の1997年末、『週刊少年ジャンプ』はついに『週刊少年マガジン』に発行部数を逆転され2002年に再び逆転するまで試行錯誤の時代を迎えます。

逆転の裏にあった奮闘

『週刊少年マガジン』が少年向けコミック誌のトップになったのは、単にライバルが部数を減らしたからではありません。同誌が長らく挑戦してきた路線が開花したからです。

 前述の『創』1997年8月号は当時の編集長・野内雅宏氏にも取材しており、野内氏は前任の五十嵐隆夫編集長時代に、それまでの「『ジャンプ』を意識して、模倣すればするほど亜流になっていくような状況」をきっぱり捨てたことが部数飛躍の理由だと語っています。

 ようは『週刊少年ジャンプ』が得意とするファンタジーやSFなどを捨てて、読ませる作品を増やすという編集方針です。

 この編集方針によって最初にヒットしたのが『ミスター味っ子』だったとされています。その後『はじめの一歩』と『特攻の拓』の連載が始めると、徐々に部数は上昇を始め1993年に『金田一少年の事件簿』の連載が始まると部数は300万部を突破、1997年に『GTO』の連載が始まるとついに400万部に到達します。

1997年5月発売『GTO』第1巻(画像:講談社)



 同じ少年向けコミック誌でありながら掲載されている作品の色がまったく違う。それが多くの作品が「定番」に陥っていた『週刊少年ジャンプ』とは違う新鮮さを読者に与えたのでしょう。

珠玉の作品の宝庫だった1990年代

 いずれにせよ、両誌が少年コミック誌のトップを巡ってバトルを繰り広げていた1990年代後半は、珠玉の作品の宝庫です。

『週刊少年ジャンプ』を開くとバトルは一段落して『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』や『幕張』のような、それまでとは明らかに異質な作品の連載が始まっています。

1996年6月発売『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』第1巻(画像:集英社)

『週刊少年マガジン』のほうも『哲也-雀聖と呼ばれた男』のような読ませる作品があるかと思えば、『BOYS BE…』などの「人に知られると恥ずかしいがすごく好き」な作品を掲載していたのもこの頃です。

 ここから見て取れるのは、漫画雑誌の活況というのは競合誌が互いに争っている状況があってこそのことでしょう。この時代に、東京で青春時代を送っていた人は毎週「今週の○○は~」と、なんらかの連載漫画について友人たちと話したものです。

 漫画雑誌の話題だけでめちゃくちゃ盛り上がれる――あの頃の東京にタイムスリップして戻ってみたい、そんなこともついつい考えてしまいます。

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