コンプレックス広告、91%が「不愉快」
中学生・高校生・大学生のじつに91.0%が「不愉快」だと感じている広告があります。
それは、動画投稿サイトYouTubeなどで流れる、いわゆる「コンプレックス広告」。
「ムダ毛は恋人にフラれるから脱毛しよう」
「太っていると嫌われるからサプリメントを飲んでやせよう」
「貧乳は恋愛対象外だから」
「肌荒れは友達に嫌われるから」
「体型が原因で浮気されるから」……
ことさら外見のコンプレックスを煽(あお)り、ネガティブな文句をこれでもかと並べるこの手の広告は、新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年春以降、外出自粛で動画の視聴時間が増えた若者たちのスマホにもたびたび表示されるようになりました。
受け取り手に明らかな不快感を抱かせる広告は論外ですが、それでは若者はどのような広告をナシと捉え、どのような広告であれば魅力を感じるのか。「若者とネット広告」に関する調査結果をひも解くと、ふたつの明確な“基準”が見えてきます。
「いつまでそんな広告を流すの?」
91%の若者が不愉快に感じているという冒頭のアンケート調査を行ったのは、女子大生らでつくる若者トレンドのコンサルティングチーム、ネオレア(渋谷区恵比寿)。
東京など全国1300人の若者にインターネットを通じてアンケートを取り、上記のようなコンプレックス広告について1183人が「不愉快」と回答しました(2020年7月実施)。
テレビでも、大学へ通う東京都内の街中でもこれほど過剰な表現は見掛けないのに、ネットでは当たり前のように流れている――。「ほとんどの若者が快く思っていない広告を、いつまで流し続けるのですか? そんな疑問を世間に発信したかった」。
そう話すのは、同社代表で都内大学4年生の戎光璃(えびす ひかり)さん。
同社は配信中のネットラジオ放送「若者ラジオ」で、若者が嫌いな広告・好きな広告の違いと傾向を分析しています。
「自己肯定感を得られる広告が好き」
若者がよく利用するネットサービスやSNSの中でも、特にコンプレックス広告を見掛けることが多いと言うのはYouTube。
上記のような煽り表現を目にするたびに「この広告を見て商品を買う人なんて本当にいるの? と思う」というのが、ラジオに出演する女子大生たちが吐露した率直な感想です。
先述の調査で若者が「不愉快に感じる広告」として寄せられた回答は、
・外見のコンプレックスを刺激するもの
・過度なルッキズム
・○○であるべき、という価値観の押し付け
・ネガティブな訴求
など。
コンプレックス広告に代表される行き過ぎた煽り表現を差し引いても、「べき論」のような価値観の押し付けを若者が敬遠する傾向が見て取れます。
では逆に「いいなと感じる広告」とはどのようなものか。
・多様性を認める内容
・価値観の押し付けではない
・自己肯定感を得られる
・ネガティブな訴求ではない
・身近な媒体での認知や商品の体験ができる
など。
コンプレックス広告が押し付けてくる“あるべきスタイル”や“目指すべき外見”とは対極の、「自分が自分であることに満足できる自己肯定感を得られるもの」が支持を集めていることが分かりました。
女子大生が高評価するアパレル広告
「若者ラジオ」では、女子大生たちが最近見た広告の中で良いと感じたものの具体例もいくつか挙げています。
たとえば、アパレルブランド「LOWRYS FARM」の2020年秋ビジュアル。
女優の長澤まさみさんと夏帆さんが頬づえをつく腕や指先の輪郭でハートの形を表現し、「あいに 着替えよう」というキャッチコピーが添えられた内容。
「あいに、行きたい。あいに、生きたい。」というフレーズには「会い」と「愛」の意味が込められていて、新型コロナ感染拡大で会いたい人に簡単に会えなくなってしまった現状でも前を向こうとするメッセージが込められています。
これについて女子大生らは
「広告で表現されている以上のことを受け手側が想像できるのがすてき」
「女優のふたりがキレイなだけでなく世界観そのものが美しい。嫌な気持ちになる要素が一切ない」
「過度にキラキラしていなくて、ナチュラルなのに感じるものがあった」
と高評価。
ほかにも、女優・橋本環奈さんと浜辺美波さんの高校生活を切り取ったような場面がいくつも展開するNTTドコモの広告動画は「友達のSNSを見ているような感覚で自然、かわいい」。
また日清食品の「日清旅するエスニック」は、SNS上で敬遠されがちな恋人自慢の“匂わせ動画”かと思いきや、全く別のストーリーが隠されているという肩透かし感を「設定がうまい。思わず2回再生しちゃった」と評価します。
好かれる広告、2つのキーワード
彼女たちの言葉には、現代の広告や表現のあり方を考えるうえで重要なキーワードがふたつ含まれています。
ひとつは、嫌な気持ちになる要素が一切ない、つまり「誰も傷つけない」。これは昨今の日本でたびたび耳にするようになった現代的価値観でもあります。
漫才日本一決定戦『M-1グランプリ』(ABCテレビ・テレビ朝日系)で2019年に3位入賞したお笑いコンビ・ぺこぱは、ボケ役の相方を一切否定しない「全肯定ツッコミ」で一躍人気者になりました。
また2020年7~9月に放送され高視聴率をマークしたTBSテレビ系ドラマ『私の家政夫ナギサさん』も、働く女性や彼女たちを取り巻く社会問題を扱いつつも「悪い人がひとりも出てこない」と称されるほど優しさと癒しにあふれた内容だったともっぱらです。
もうひとつは、「受け手側に想像の余地を残す」こと。
「自分の価値観」を大切にする若者にとって、受け止め方・感じ方を自分自身で決められる、解釈を委ねられているものは心地よく感じる特徴のよう。
SNSを中心に定番化した「作品を考察する」という楽しみ方が表すように、明確な結論を提示するのではなく感想や想像を膨らませられる余地があることで、受け手である若者は自分なりの考えを練り、SNS上に発信したくなるもの。
そのSNS上でさまざまな投稿を通して意見が交わされることにより、広告商材や作品への関心がより高まっていくという好循環も生まれやすくなるのでしょう。
コンプレックス広告の規制は強化
「誰かを傷つけない」、そして「価値観を押し付けない」というふたつのキーワードの真逆を行くネット上のコンプレックス広告が若者にウケないのは明白のよう。
また、国内最大級のポータルサイト・ヤフーが2020年9月に「コンプレックス部分を露骨に表現した広告」の出稿を禁止するなど、規制の強化も進んでいます。
誰ひとり傷つかない、やさしい言葉“だけ”で構成される世の中が良いかどうかは別にしても、コンプレックス広告のような行き過ぎた表現は、今後ますます厳しく取り締まられていくのではないでしょうか。