東京湾を一望する景勝地から一転、遊郭に そして戦後現れた「洲崎パラダイス」とは【連載】東京色街探訪(1)
2020年8月31日
お出かけ江東区東陽町1丁目周辺にかつて「洲崎遊郭」という遊郭がありました。その痕跡を紀行ライターのカベルナリア吉田さんが辿ります。
「洲崎」と呼ばれた場所があった
東京メトロ東西線の木場駅で降り、東陽町寄りの1番出口から外に出ます。幅の広い永代通りを車が途切れず走り、マンションのほか、ビルも多く都会の風景。取りあえず永代通りを東陽町方面に歩きます。
横十間川を渡ると、道は東陽三丁目交差点で「大門通り」と交差します。昭和の初めごろ、周辺は貯木場(ちょぼくじょう)が多く、丸太を筏(いかだ)に組んで川に浮かべ運んだそうです。貯木場が多かったから「木場」なんですね。
さて三丁目交差点から「大門通り」を南へ進みます。緩やかな上りの、そして途中で折れ曲がる坂道を上った先に立つ「洲崎橋跡地」の碑。坂道と交差して、細長い「洲崎緑道公園」が延びています。
周辺は江東区東陽1丁目、でも昔は「洲崎」と呼ばれていました。緑道公園は、かつて流れていた「洲崎川」の跡で、川には洲崎橋が架かっていました。

戦前はここに「洲崎遊郭」がありました。吉原や玉ノ井と並ぶ遊郭で、入り口に「洲崎大門」が立っていました。
そして戦後は遊郭跡に赤線「洲崎パラダイス」ができ、川に架かる洲崎橋に「洲崎パラダイス」と大きく書かれたゲートが立っていたそうです。今でこそ周辺はビル街ですが、戦前戦後を通じて、ここは色街だったのです。

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