ひとりが寂しくて「パン屋」の店番をしていたら、なぜか結婚できちゃった30代女性の話【連載】東京・居場所さがし(6)

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ひとりが寂しくて「パン屋」の店番をしていたら、なぜか結婚できちゃった30代女性の話【連載】東京・居場所さがし(6)

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いしいまき

漫画家、イラストレーター

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約1400万人もの人が住んでいるのに、ほとんど交わることのない東京は「孤独」を感じやすい街といえるでしょう。たったひとり暮らす大都会で、どうすれば自分の居場所を見つけられるのか。漫画家でイラストレーターのいしいまきさんが「脱ひとりぼっち」の方法を模索します。

自宅でひとり仕事する漫画家業

「パン屋で店番」……どうでしょう。少しあこがれませんか。わたし(いしいまき。漫画家、イラストレーター)は幼い頃見た映画『魔女の宅急便』や絵本『カラスのパン屋さん』などを思い出し、胸にときめくものを感じます。

ひょんなきっかけで、パン屋の店番をすることになった。そのいきさつとは?(いしいまきさん制作)



 さて、わたしは漫画家という職業柄、東京の自宅にひとりで仕事をしています。その上ひとり暮らしだと、誰とも会話しない日などざら。孤独を感じながら日々は過ぎていきます。

 それは精神衛生上よくないな……そう思い、コロナ以前は居場所を求め、さまざまな場所に顔を出すようにしていました。

 そのひとつが「イベントバー」。日替わりで店長が交代する、一風変わったバーです。お気に入りのバーテンダーさんが店に立つ日によく遊びにいっていました。

 そんな中、とあるお客さんに出会いました。その人はイベントバーからほど近い場所に店を構え、ひとりでパン屋を営んでいるとのこと。ときどきバーで顔を合わせるようになり、少しずつ会話するようになりました。

「うちで店番してみますか?」

 イベントバーに行くときはお店に立ち寄り、パンを購入し、そこで少しおしゃべりしたり。パン屋さんが1日店長のイベントを開くときはわたしが遊びに行ったり、逆にわたしが1日店長をするときはパン屋さんが顔を出してくれました。

 わたしは実家が飲食店をしていることもあり、漫画の合間に気分転換に飲食店でバイトしたいなあ……と思ったりもしていたのですが、今までの経験上、少ない日数で雇ってくれる飲食店はなかなかなく、悶々(もんもん)としていました。

 それに、バイトは「人間関係ガチャ」(一緒に働く同僚との相性によって働きやすさが決まってしまう)のようなところもあるので二の足を踏んでしまいます。

 そんなことをなんとなくパン屋さんに話すと、「じゃあうちで店番してみますか」とのこと。「お客さんが来ない間はiPadで漫画を描いていたり、本を読んだりしていいですよ」と。

 あくまで少しの手伝いなのですが、それゆえに設定された「ゆるさ」がいいなあと思い、店番をすることにしました。

焼きたてパンの香りに包まれて

 焼きたてのパンのいい香りのする店内で、穏やかな音楽とかわいいインテリア……ちょっとした非日常感を感じながら店番を開始します。気分は物語の世界です。

 パン屋さんが外出する間の店番は「いきなりひとりで大丈夫だろうか……」と不安に思ったりもしましたが、余裕が出てくるとパンを買いに来たお客さんと話してみたり、パン屋さんに「おかげで銀行や仕入れに行けて助かりましたよ」と言われてうれしかったり……店番してよかったなあと感じることが増えていきました。

居場所と思える場所で働きたい

「社会」と関わること、人と話すことは、人間が生きていく上でかなり重要なことだと思います。

 居場所探しを意識して仕事やバイトを選ぶ人は、あまりいないかもしれません。お金をいただくのだから、我慢しなくてはいけない場面も出てきますよね。給料、人間関係、希望の時間……全部がかなう職場を見つけるのは難しいものです。

 しかし、身を置くならそこが自分の居場所だと思えるとすてきですよね。それを考えると、企業のバイト募集、もう少し融通がきいてもいいのにな……と思ってしまいます。

自分の居場所だと思える仕事や職場が見つかれば、きっともっと働きやすい(いしいまきさん制作)



 週1しか働かない人がいてもいいし、給料は少なくてもいいから品だししかしない人がいてもいいと思うのですが……それぞれストレスがなく働ける方が、不満もないし長続きすると思うのです。

「得手不得手」を補い合えたら

 しかしなぜか決まった日数出勤できない人は不採用だし、同じ条件で同じ仕事内容を覚えなきゃならないのが不思議です。皆それぞれ得手不得手があり、人ができるからお前もできるはずだと言われてしまうのは、かなりつらいものがあります。

 もちろん、できる人ができない人をフォローする場面は出てくると思うのですが、その場合はお給料を高くして気持ちよくフォローに回っていただくという方向でできたらいいなと思うのです。

 しかしチェーン店では、どこも採用条件を同じにしないと不平等になるなど、事情があってできないのかもしれませんね。

引っ込み思案な人こそ思い切り

 それはともかく、なんでも始めにやるかやらないか決めるのは勇気が要ります。でもわたしの考えとしては、しない後悔よりする後悔を取りたいです。

 いつだったか、とある街で移動販売のかき氷を食べていた際、店員のお兄さんが「あーあ……明日のバイトさんが見つからないな~どうしよう」とつぶやいていたので「じゃあわたしがやりましょうか」と声をかけて、いきなりバイトに入ったこともあります。

 3日くらいの短期だったと記憶しています。短い時間だと人間関係に煩わされず、心理的負担が少なくていいですね。

 わたし自身、決して積極的な性格ではなくむしろ引っ込み思案だし落ち込むことも多いのですが、そういう人にこそ思い切ってこういう申し出をしてみるのは向いているのかもしれません。

思いがけず訪れた、人生の転機

 さて、それからもごくたまにではありますが、パン屋の店番をするようになりました。もうドキドキすることもなくなりましたが、居心地のいい場所に変わってきたように思います。

 ちなみに、そこからバーやお店以外でも会う時間を重ねてパン屋さんと結婚し、今は一緒に住んでおります。

 人生何があるか分かりませんが、こうなったのも居場所を求めて行動したからだと思います。

 今はコロナでなかなか外出できず、行動することの良さを伝えられないのがもどかしいですが、外に出て人と会うことって大事なことだったのですね。

 さて今日も夫が銀行に行く間、2時間だけ店番を頼まれたので行ってきます。

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