世にも珍しい「猫の爪研ぎ」付きの電柱――背景にある地域住民の葛藤とは

  • ライフ
世にも珍しい「猫の爪研ぎ」付きの電柱――背景にある地域住民の葛藤とは

\ この記事を書いた人 /

山本葉子のプロフィール画像

山本葉子

東京キャットガーディアン代表

ライターページへ

地域で暮らす猫は、周囲の住民同士をつなぐ愛すべき存在にもなり、逆に対立を生む火種にもなってしまいます。両者の違いは何なのか、東京キャットガーディアン代表の山本葉子さんが、自身の体験を通して考えます。

とある街の、猫用爪研ぎが巻かれた電柱の話

 猫をとっても好きな人たち。猫は特別好きじゃないけど困ってたら何とかしたい人たち。猫が苦手だけどまぁ居ても仕方ないよと思う人たち――。街は、ほとんどがそういう人たちでできています。ほんの少数、とんでもない悪事を猫に働くような人も。でも全体から見ればごくわずかです。

 朝に晩に通る道端に、気になる電柱があります。

 地域の猫や捨て猫を保護して譲渡希望者につなげる、「猫のシェルター」運営という少し変わった仕事をしている私(山本葉子。東京キャットガーディアン代表)は、もうほとんど習性のように「路地」や「塀の上」や「猫が好きそうな茂み」を探しながら毎日歩いていますが、こんな電柱はほかでお目にかかったことがありませんでした。

 ふわふわのクッション素材が、まわしのように巻いてあります。高さは人の膝元から腰にかけてくらい。そして猫の爪研ぎ跡が派手についています。色は鮮やかな黄緑、ポップで目立つ。

 楽しくなって眺めていると、住宅の横から巨大猫がひょいと出てきました。5kgは楽に超えていそう。ゆっくりのっそり、貫禄のあるいい面構えの黒白猫です。

ご飯もトイレも避難場所もある幸せな地域猫

 やおらバリバリと、豪快な音を立てて爪研ぎを始めました。人を全く気にしていない様子。1mくらいまで近寄っても平気です。警戒心の無さは、このかいわいを安全だと思っている証拠。見とれているともう1匹、さらに大きい猫が現れました。この地域は「巨大猫の産地」なのでしょうか? 同じく黒白で、きょうだいかも。

地域に愛され気ままに暮らす猫と、爪研ぎが巻かれた電柱(画像:山本葉子)



 ご近所さんに聞いてみると、長く地域に住んでいる猫たちでした。いつものお家でいつもの時間にご飯をもらって、不妊去勢手術も済んでいて、専用トイレもあり、台風や大雪の日などはお家に入れてもらうこともあるようです。

 町会さんや、お隣さんたちは、みんな優しい。多分日常的にあちこちでご飯やおやつをもらっているので、巨大になってしまったのかもと思いました。

小さな子猫を巨大に成長させた街の「善意」

「この子は小豆、あっちは枝豆」

 かわいらしい名前の由来を聞くと、「そりゃぁ、小さかったから(笑)」。犬猫あるあるです。小さいときは小さかったんですよね。そして大きくなったんですね。当社比何十倍だろう? 健康そうだし、ほほ笑ましい話です。

 優しい人のいるおおらかな地域に住み着くことができた巨大猫ちゃんたち。日なたぼっこをしながらゆるゆる眠り始める風景は、なんだか理想の街のようです。ここからほんの町会ふたつ分ほど向こうでは、猫の餌やりとふん尿の被害を巡って、住人同士数人がいがみ合っているというのに――。

怒鳴り合いの対立にも発展する「地域猫問題」

 地域の猫問題は、こじれると大変なことになってしまいます。その相談や仲裁を引き受けるのも私たちの大事な任務のひとつ。連絡を受けて出向いた先で第三者として調整に入ったつもりでも、顔が触れ合うほどの距離で罵倒されることもあります。

地域猫の問題は、ひとたびこじれると収拾がつかない事態にまで陥ることがある(画像:写真AC)



 ふん尿被害などが実際に続いている場所では、餌をあげている人が逃げ回って会話を拒んでしまうケースも。 毎日がピリピリした雰囲気で街が覆われているのは、住んでいてとてもつらいだろうと思います。

 問題を突き詰めていくと、実際に対立している人はほんの少数。なので、いつ頃からそのようなことになったのか、どんな問題を抱えているのか、双方から聞いていきます。この「とにかく聞く」という作業が、思いの外キツイです。

積もりに積もった感情が一気に爆発するとき

 つい話半ばで口を挟みそうになりますが、まずは聞き役に徹して事実関係や経緯を抑えること。これがとても重要なのです。ご本人の話が何周目かになって、もう十分となったら、お聞きしたことにひとつひとつ質問やアドバイスを入れていきます。

 この時点でもまたご自身の話が盛り上がって繰り返しになってしまう場合には、必要に応じてお話を続けてもらうしかありません。半日たっても終わらずに、翌日リターンマッチと相成ったこともあります。それだけ問題が根深く、長年の思いが積もり積もっていることの表れなのでしょう。

 果てしなく続く“聞く作業”が大事なのは、「相談者が問題にしている事柄を全部知っている」状態になってから、解決のための話し合いに持っていくのがベストだから。

 話に安易に同意をするのではなく、“変えられる事柄”と“仕方ない事柄”に分けて考えて、現実を見据えて行動してもらうために、同じ情報を持った上で話を進めていく必要があるのです。

街は譲り合ってこそ成り立つ、共同生活の場

 まず猫を迷惑に思っている側からは、ふん尿被害や過剰繁殖の問題などが繰り返し語られます。これらについて、「猫の問題ではなく人の問題」であること、「お互いの譲り合い無しには、同じ街での暮らしは成り立たないこと」に思いを致し、納得してもらえるよう、粘り強く説明を重ねます。

さまざまな人が住まい、ともに暮らす街に夕暮れが訪れるイメージ(画像:写真AC)



 逆に猫に餌をあげている側の人とは、猫好き同士としての会話はできても、なかなか解決の方向へ向かってもらえないケースもあります。餌の時間を決めること、ふん尿を含めた清掃をすること、不妊去勢手術を徹底すること……。

“変えられる事柄”をちゃんと実行している場合であれば、相談も次の段階に進めることができますし、対立している相手との話し合いのきっかけも作れます。

 賃貸でもあっても持ち家であっても、私たち住民は皆、街をシェアして生活しています。いわばひとつの共同生活なのだから、どうしてもお互い少しずつ我慢をする必要があるのです。

幸せな街、それでも願わずにいられないこと

 巨大猫たちの暮らす場所は、 住人がゆったりしていて、新しく越してきた住民にもよく声がかかり、それぞれ思うことはあるのでしょうが醸成された大人の街の雰囲気を感じます。

 このようになるまでには、たくさんの話し合いやめんどくさい取り決めが必要だったでしょう。お世話しているお家の人は、柔らかく笑っているばかりですが、つどつど起こるクレームなどには、逃げずに対応してきたからこその現在だと思います。

地域に愛され、気ままに暮らす黒白柄の巨大猫(画像:山本葉子)



 爪研ぎのついた電柱は、だんだん暮れ行く街の中で「ここは幸せな街」と語ってくれているように見えました。猫のことだけじゃなく、毎日の手間がかかるおつきあいを、住人たちがずっと努力している街。これからもきっとしてくれる街。

 ただ、猫にとって幸せな環境がここまで整っていてもなお、やっぱり最終的には猫たちにはお家の中にいてほしい、と思うのです。

 自由な暮らしは危険と隣り合わせ。 最期を迎えるときには、治療もみとりもありません。ぽってりした猫たちをほほ笑ましく眺めながらも、いつかお家の中で暮らせるようになってほしいと切実に願う毎日です。

関連記事