野ざらしにされる「宝くじ売り場」、そぎ落とされる日常――緊急事態宣言翌日の新宿を歩く

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野ざらしにされる「宝くじ売り場」、そぎ落とされる日常――緊急事態宣言翌日の新宿を歩く

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アーバンライフ東京編集部

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新型コロナウイルスの感染拡大を受けて発令された「緊急事態宣言」。世界一のターミナル駅・新宿の街角からも、思わぬモノが姿を消していました。そして、変わらずそこに残り続けたものも。

世界一のターミナル駅から人混みが消えた日

 大勢の人々が通りを行き交い、昼夜を問わず人波であふれる巨大ターミナル駅・新宿。1日平均約350万人という乗降客数がギネス世界一に認定されているというのは有名な話です。

 その新宿駅は2020年4月8日(水)、まるで「もぬけの殻」と化していました。前日に政府が発令した、新型コロナウイルス感染拡大防止のための「緊急事態宣言」の影響を、人通りがまばらになった街頭は如実に表していました。

新宿駅南口で、シャッターを閉めたままの宝くじ売り場(2020年4月8日、遠藤綾乃撮影)



 オフィスビル、百貨店、ショッピングビル、飲食店、カラオケ店、ゲームセンター、映画館。東京の――ひいては日本のあらゆるジャンルの商業施設を擁する街から人々が去った日、同じように街角から、裏路地から、ひっそり姿を消していたモノがありました。そして、変わらずそこにあり続けたものも。

宝くじ売り場も、募金活動も、街宣カーも

 普段であればまだ通勤ラッシュの人波でごった返す時間帯の新宿駅西口。

 甲州街道沿いの歩道スペースは、ごくわずかに会社員ふうの人が行き交うのみです。「西新宿1丁目」の交差点で長年店を構えるおなじみの宝くじ売り場は、この日、昼になっても店を畳んだままでした。

 1等・前後賞合わせて賞金1億円の「第836回全国自治宝くじ」の発売初日とあって、本来なら平日昼でも客が列をなす新宿の「目印」的な一等地。

 宝くじを所管するみずほ銀行宝くじ部に問い合わせると、各売り場を統括する業者ごとの判断で営業を休止した売り場もあるとのこと。空いている売場もあれば、そうでない売場もあるとのことで「お客さまからも多数のお問い合わせをいただいているのですが、こちらではまだ(全国の売場の)営業状況を把握しきれていないのです」。

 同日から臨時休業でシャッターを下ろした京王百貨店の脇を歩いて西口ロータリー側へ抜けると、「新宿西口 小田急線のりば前売り場」は営業を続けていました。

「全国10の福売り場に選ばれました」とのうたい文句を掲げる同店。「何日か前からだいぶ人通りは少なくなりましたよ。それでも(宝くじを)買っていってくれる人はそれなりに今もいるので、ありがたいことです」と、売り場の男性は話します。

人通りのまばらな新宿駅西口のロータリー。(2020年4月8日、遠藤綾乃撮影)

 新宿西口のロータリー前といえば、都内でも指折りの募金活動・街宣活動スポットでもあります。平日・休日、昼夜を問わず、さまざまなグループが募金箱を提げて街頭に立ち、選挙が近くなくても政治活動家たちが入れ代わりマイクを握って主張を訴える場所。

 そうした意味でこの場所は、単なる商業地ではなく民主主義の一番地でもあるのです。

 ただこの日は正午を回っても、そうした団体が現れる様子はありませんでした。普段と比べて極端に人通りの少ない今、たとえ募金を呼び掛けても主張を叫んでみても、成果を得づらいのかもしれません。何より不要不急の外出や、人との接触を避けなければならない情勢です。

「不要不急の事象」が少しずついくつも取り払われた新宿は、普段と全く違う顔をしているよう。ささいな要素の集積こそが街そのものを形作っているのだと、緊急事態宣言後の変化によってあらためて気づかされます。

それでも街に残り続ける人たち

 位置情報データ解析のクロスロケーションズ(渋谷区恵比寿南)の調査によると、3月16日~22日の新宿エリアの人出は前年比で35.8%減。4月以降、緊急事態宣言の発令によってこの減少傾向はより加速することになるのでしょう。

 新宿駅東口にある日本最大の歓楽街、歌舞伎町。

 午前9時台は普段なら夜の仕事を終えた飲食店従業員らが駅へと向かって歩いている時間帯ですが、この日は全く姿を見掛けません。昼時を迎えても多くの飲食店は戸を閉めたまま。巨大なゴジラのオブジェが目印のTOHOシネマズ新宿も、この日から営業休止に入り静まり返っています。

 よく見渡せば、普段と変わらない光景もありました。新宿区からの委託を受けて清掃業務を行うスタッフたちの姿です。

人通りのない歌舞伎町。普段と変わらず街の清掃業務に当たる男性たちの姿も(2020年4月8日、遠藤綾乃撮影)



 「CleanShinjuku」と書かれた緑色のジャンパーを羽織って路上のごみを拾い集めていた70代の男性は、

「もう何日か前から、この時間帯に仕事帰りのホストの姿を見なくなりましたね。人通りもご覧の通り、さっぱりです。私たちの仕事も(新型コロナウイルスの影響で)休止になるかな、と思ったのですが、今のところは続けさせてもらっています。道端のごみの量ですか? 以前と比べてだいぶ少ないですね。そのこと自体はありがたいのですが……」

 新宿の日常らしさを探して街を歩けば、JR東南口改札の階段下広場には、ティッシュ配りをする若い女性の姿を見つけました。

 下りエスカレーターの降り口前に立って、まばらに通り過ぎる通行人たちの胸元にポケットティッシュを差し出しています。絶対的に人が少ないという状況が生み出す親近感からか、ティッシュを受け取ってもらえる率が普段よりいくぶん高そうな印象ですが……

「特に普段と変わりませんね。そもそもこの場所は、何日か前に来たときも今日みたいな感じの(少ない)人通りでした。人通りは少ないですけど、私のバイトは休みにならなかったので、担当する分(のティッシュ)をこうして配るだけです」

 淡々とした様子で、通りの隅に置いた段ボールからポケットティッシュを手元に補充し、またエスカレーター下の定位置へと思っていきました。

「早く日常が戻ってきてほしいよ」

 甲州街道沿いの南口。アンプをつなげて歌う歌手希望の若者も、パントマイムを披露するアーティストも、ダンスに興じるグループの姿も今日はありません。

 だだっ広い歩道スペースにいつもと変わらず立っていたのは、ホームレスの人たちが路上で売る雑誌「ビッグイシュー」を販売する60代の男性でした。

「僕たちはこの本(ビッグイシュー)を売らないと食べていけないから、とにかくここに立ち続けますよ。新型コロナに掛かっちゃったら大変だから、手洗いや消毒だけは神経質になるぐらい徹底的にやっていますけど」

 以前と比べると通りを行く人の数は10分の1くらい、売り上げは半分以下だと言います。

「それでも毎日立っていると、覚えてくれる人もいますからね。週末も何とか10冊売れました。10冊売れると、何とか生活できます。……そうそう、ちょっと前ですけど、歩いていた男性が話しかけてきて、『ビッグイシューって本当に売れるの? お金になるの?』って、この仕事のことを熱心に聞いていったんです。あの人も生活に困っているのかもしれないなあって考えてしまいました。本当に、早くコロナが収まって日常が戻ってきてほしいですね。もう今はそれだけです」

新宿駅前とは思えないほど人通りの途絶えた南口の歩道スペース(2020年4月8日、遠藤綾乃撮影)



 新宿の日常とは、「猥雑(わいざつ)さ」がそのまま「居心地よさ」でもあるという、大都会ならではの不思議な混在感。

 緊急事態宣言の発令を受けて姿が見えなくなってしまったものもあれば、変わらないものもあります。「この街に早く日常が戻ってきてほしい」、そう願うのは、ビッグイシューを売る男性だけではないはずです。

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