家庭用ゲーム機に勃発した1994年「次世代機戦争」 外出自粛のいま振り返る

新型コロナウイルスの感染拡大で、外出自粛が続く東京。そんなときこそ室内で楽しめる娯楽が求められます。その代表格がテレビゲームです。ルポライターの昼間たかしさんが1994年にぼっ発した家庭用ゲーム機の次世代機戦争について解説します。


16ビットから32ビットへ

 小池百合子都知事が外出自粛を呼びかけるなど、新型コロナウイルスの流行で緊迫感の増している東京。外出自粛について意見はさまざまありますが、しばらくはあまり外出せずに自宅で過ごしたほうがよさそうです。

 そうなったときの娯楽といえば、やはりテレビゲームか動画配信でしょう。

 テレビゲームといえば、かつてはどんな家庭用ゲーム機も「ファミコン」と呼ばれた時代がありました。というのも任天堂(京都市)がファミリーコンピュータ(ファミコン)、そしてスーパーファミコンでシェアのほとんどを握っていたからです。

 1983(昭和58)年に発売されたファミリーコンピュータ、1990(平成2)年に発売されたスーパーファミコンによって築かれた「任天堂ひとり勝ち」の時代が終わり、群雄割拠が始まったのは1994年末のことでした。

 同年、スーパーファミコンは累計販売台数1300万台を超え、家庭用ゲーム機のシェア9割を握っていました。

 もはやどんな企業でも太刀打ちできないと思われた任天堂。ところが1994年の秋ごろから「今度ばかりは任天堂も危ないかも」という声が聞こえてくるようになってきました。さまざまな企業が年末商戦に向けて、スーパーファミコンの16ビットを超える32ビットの高性能な次世代機の投入を始めたからです。

プレイステーション(SCPH-1000)(画像:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)

 この年の3月には松下電器産業(現・パナソニック)から「3DO REAL」、11月にはセガ・エンタープライゼス(現・セガゲームス)から「セガサターン」、12月末にはNECホームエレクトロニクス(当時)から「PC-FX」、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現・ソニー・インタラクティブエンタテインメント)から「プレイステーション」が発売されました。

32ビットから64ビットへ


【調査結果】新型コロナウイルスの影響で「ゲームへの支出」はどのくらい変化した?

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