名シリーズ『男はつらいよ』を思わせる兄妹の人情劇『放蕩一代息子』【連載】東京すたこら落語マップ(4)

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名シリーズ『男はつらいよ』を思わせる兄妹の人情劇『放蕩一代息子』【連載】東京すたこら落語マップ(4)

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櫻庭由紀子(落語・伝統話芸ライター)

落語と聞くと、なんとなく敷居が高いイメージがありませんか? いやいや、そんなことないんです。落語は笑えて、泣けて、感動できる庶民の文化。落語・伝統話芸ライターの櫻庭由紀子さんが江戸にまつわる話を毎回やさしく解説します。

落語のエッセンスが光る山田洋次監督作品

『男はつらいよ』27年ぶりの新シリーズ「おかえり寅さん」が公開されました。テレビシリーズも入れて51年目となる『男はつらいよ』は、渥美清演じる車寅次郎と妹のさくら、そしてシリーズ後半では寅のおいであり、さくらと博の息子である満男が加わった、国民的人情噺(ばなし)です。

 渡世人(とせいにん)で旅暮らしの寅次郎が旅先で出会った女性に恋をして、実家の柴又の「くるまや」の面々を巻き込んだ挙げ句に結局フラれてしまい、傷心を抱いてまた旅に出る……人生の悲哀とおかしさがあふれたお決まりのストーリーは、どこか落語に通じるものがあります。

『男はつらいよ』の車寅次郎とさくらの銅像が立つ、京成金町線の柴又駅(画像:櫻庭由紀子)



 実は、監督の山田洋次さんは大の落語好き。柳家小さんや小三治にいくつかの新作落語を書いており、落語をモチーフにしたテレビドラマも製作しています。

渥美・倍賞演じる、寅さんアナザーストーリー

 今回は、そんな山田洋次監督が書いたドラマを中心に、『男はつらいよ』の世界を垣間見る舞台を歩いてみましょう。

※ ※ ※

 江戸・日本橋付近の両替商、近江屋。ここの若旦那・徳三郎(渥美清)はとんだ放蕩(ほうとう)息子。お店の旦那であり親である清兵衛の気も知らずに遊んでばかり。今日も集金した金を吉原で使い込んできたことを、悪びれもせず報告している。清兵衛は徳三郎に蔵住まいを言い渡すが、当の本人はどこ吹く風。妹のおせつ(倍賞千恵子)が心配して「おうちはどうするの」と見にきても、からかってけむに巻いてしまう。

 そうこうしているうちにときがたち、38歳になった徳三郎。ついに清兵衛は放蕩ざんまいの徳三郎を勘当する。徳三郎はあちこちで奉公人するも転々とし、番頭が探し歩くもいよいよ消息不明。病気がちだった清兵衛が寝たきりとなってしまった。

 そんなとき、おせつが「極楽橋」を通りかかると、橋の下で物乞い同然となってほかの物乞いの仲間と談笑している姿を見つける。気楽に楽しそうに生きている兄と話しながら、おせつは涙を流し金を渡して走り去ってしまう。

 おせつから徳三郎の消息を聞かされた清兵衛は、徳三郎に施しをしてくれと番頭に言いつける。番頭が行ってみると、徳三郎は面倒を見ている知的障害のある女物乞い・おしんにも花ござをあつらえてくれという。涙ながらに言う通りにする番頭。

 徳三郎は、新しい花ござをかぶったおしんに「姿がいいね、とってもきれいだよ」と言い、おしんは意味がわかっているのか幸せそうににっこりと笑い返す。夕日が暖かくふたりを包んでいた。

「くるまや」のモデルとなった高木屋老舗がある帝釈天(たいしゃくてん)参道(画像:櫻庭由紀子)



 清兵衛の余命がいくばくとなり、番頭は徳三郎を探しに行った。おせつが徳三郎を心配しながらせきこむ清兵衛を励ましている。番頭が徳三郎の仲間に行方を聞くと、おしんが死んでしまってから姿をみていないという。

 清兵衛が危篤となった日、親の魂に引き寄せられたように徳三郎が家の勝手口へと戻ってきた。ふらふらと倒れ込んで「腹が減って死にそうだ」という徳三郎に、おせつが握り飯をやると「うまい、うまいよ!」と食らいつく。つかの間、徳三郎は目を白黒させばったりと倒れた。「死んでる…」おせつはその場に座り込んだ。その瞬間、清兵衛も息絶えた。

 そうして、とある春の日。徳三郎と清兵衛の墓の前でおせつがつぶやく。「おとっつぁんの一生と兄ちゃんの一生、どちらが幸せだったのかしら」

 もつれ合う線香の煙が青空に上って行く、梅香漂う早春の昼下がり。

※ ※ ※

 この「放蕩(ほうとう)一代息子」は1973(昭和48)年、TBSテレビ系「東芝日曜劇場」で放送されたドラマです。

 放蕩息子・徳三郎を渥美清、兄思いでしっかり者の妹・おせつを倍賞千恵子が演じるという、『男はつらいよ』をほうふつとさせる設定となっています。

駅前から続く、作中そのままの風景

 落語の「よかちょろ」「刀屋」をベースとし、ところどころに「火事息子」「舟徳」のエピソードがちりばめられたストーリーは、山田洋次監督の落語への造詣の深さをみることができます。

●葛飾区柴又

 幼少期を満州で過ごした山田洋次監督が、寅さんの故郷に決定したのが葛飾柴又。京成金町線の柴又駅を降りると、寅次郎とさくらの銅像が。旅に向かう兄を心配そうに見送るさくらを、寅次郎が振り返っている姿は、いつものラストシーンです。

 駅からまっすぐ帝釈天参道をゆくと、「くるまや」のモデルである草団子店「高木屋老舗」。さらに行くと笠智衆演じる御前様がいた「柴又帝釈天」があります。

『男はつらいよ』作中にも登場する、柴又帝釈天(画像:櫻庭由紀子)



 周辺には「寅さんふるさと名言集」の書かれている道案内。帝釈天にほど近い場所には「寅さん記念館」があり、記念館から江戸川の「矢切の渡し」へと出ることができます

●日本橋横山町

 放蕩一代息子の実家があるとされる日本橋。「よかちょろ」や「刀屋」では日本橋横山町とされています。

 江戸時代には、呉服問屋、塗り物問屋、紙問屋、瀬戸物問屋、丸合組小間物問屋、通町組小間物問屋、地本双紙問屋、紙たばこ入問屋、荒物問屋、苫問屋、地回り米穀問屋、下り雪踏(せった)問屋、地漉紙仲問、板木屋(中央区30年史による)が軒を連ねたとあり、現在でも衣類や呉服の問屋街として有名です。

船宿、花柳街のおもかげを残す街

●柳橋

 放蕩一代息子の徳三郎が奉公(居候)したひとつが船宿です。ベースになっている落語が「船徳」で、噺(はなし)の舞台は柳橋の船宿。世間知らずでひょうひょうとした若旦那の様子を面白おかしく描いています。

 柳橋は神田川の下流に架かる橋です。この辺りは柳橋花街と呼ばれ、旦那衆が芸者と粋に遊ぶ場所でした。時代とともに誰にでも色を売ることを「不見転(みずてん)」と戒められるようになり、明治以降になると社交の場は柳橋、辰巳、新橋へ移っていったといいます。

 周辺を歩くと、石塚稲荷神社の門柱に残されている柳橋芸妓(げいぎ)組合、柳橋料亭組合の文字など、花柳(かりゅう)街であった面影を見ることができます。

●新大橋・両国橋

 隅田川にかかる橋であり、落語「刀屋」で徳三郎とおせつが心中しようと誓う橋です。新大橋と両国橋の両方の型があります。新大橋は木場へも便利。両国橋は横山町にも近く、両国広小路もあり料亭も多く、「放蕩一代息子」の中の徳三郎が物乞いとして暮らしていくには良い環境でしょう。

 当時の新大橋は現在よりもやや下流に位置していました。歌川広重の名所江戸百景に「大はしあたけの夕立」と題して描かれており、ゴッホがこの浮世絵に影響を受けて模写したことは有名です。

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