肉厚の身がとろける!鰻屋の娘が選ぶ「外さない江戸前鰻屋」(後編) | 江戸グルメ(2)
江戸に端を発する東京の本当に美味しいものを紹介する本連載。前編に続き、江戸前うなぎ屋3選の残り2店を紹介します。旨みたっぷりの、うなぎそのものの質に徹底的にこだわる名店です。地域ごとに異なる5つのうなぎ裂包丁(前編はこちら) 前編でうなぎの裂き方について、関東は背開き、関西は腹開きであることに触れました。この裂き方の違いは、お侍さんが多い江戸では腹開きが切腹を連想させることから嫌われたといわれています。一方の関西は商人の町。「腹を割って話す」と言う気風により、腹開きが好まれたとされています。 九州では、関東とも関西とも異なるうなぎの調理方法がみられます。うなぎにまつわる地域性は包丁にも見られ、うなぎ裂包丁は「江戸裂」「大阪裂」「京裂」「名古屋裂」「九州裂」と地名のついた5タイプが作られています。 これについて、刃物メーカーで和泉利器製作所(大阪府堺市)の信田圭造代表は、「昔はうなぎが全国どこにでもいましたから、使い勝手や刃形の好みの違いによって、異なる形状のものが地域ごとに定着するようになったのでしょう」と話します。 地域によって異なるうなぎ裂包丁。左から、大阪裂、京裂、江戸裂、名古屋裂(画像:堺刃物商工業協同組合連合会)。 九州で使われるうなぎ裂包丁、九州裂(画像:堺刃物商工業協同組合連合会)。 今回、外さない江戸前うなぎ屋を選んでもらったKさん(70)は、前編で紹介の通り、子供の時から頻繁にうなぎを食べてきました。「そのおかげでこの歳になっても、病気ひとつしないのかもしれません」と語るKさんの肌はツヤツヤ。3人の娘を育てあげた後に始めたパート勤務を、古希を迎えた今も楽しみながら続けています。もちろん、うなぎの食べ比べも。 そのKさん一押しの江戸前うなぎ屋3選の2店めは、上野にある「龜屋 一睡亭(かめや いっすいてい)」です。 不忍池の畔にある龜屋 一睡亭の玄関口(画像:龜屋 一睡亭)。龜屋 一睡亭のテーブル席。店内は凛とした和モダンの佇まいのなかにも、ほっと寛げる空気感が漂う(画像:龜屋 一睡亭)。 1948(昭和23)年創業の龜屋 一睡亭2代目、荒川 治さんに店のモットーを聞くと、「安売り合戦には参加しない。いい食材を使って、できたてのものを出す。自分たちが納得できる味のものしか出さない」との答え。そのこだわりは強固でした。 天然に近い状態で養殖「共水うなぎ」のとろける食感天然に近い状態で養殖「共水うなぎ」のとろける食感 まず、うなぎは特定の静岡の養鰻場から直接仕入れる「共水うなぎ」を100%使用。共水うなぎは同県の大井川の伏流水で、天然に近い状態で時間をかけて育てられています。そのため運動量が多く、身が引き締まっているのが特長です。また、澄んだ水のなかでいい餌(ホワイトミル)を与えて育てているため、全く臭みがないといいます。 静岡の養鰻場から仕入れている共水うなぎ(画像:龜屋 一睡亭)。 この共水うなぎの美味しさを最大限に生かすため、同店で何より大切にしているのが「鮮度」。客数を予測しながらから少しづつ白焼きにし、厨房との連携により蒲焼にするまでの時間を極力短くします。 「白焼きを余らせて、次の日に使うということはありません。蒸しや焼きにも増して、鮮度を命にしていますから」と語気を強める荒川さん。 白焼きを創業以来の継ぎ足しのタレにくぐらせる様子(画像:龜屋 一睡亭)。 店を訪れる「8割の人が注文する」という人気の「蒲焼御膳コース」を試食してみました。蒲焼はうな重(松)に変更可能としていて、うな重(松)単品が4300円(税別、以下同)なので、同コースの6600円はかなりリーズナブルです。 一番の人気メニュー、1汁4菜の蒲焼御膳コース(画像:龜屋 一睡亭)。 一品目は先代からの名物という胡麻豆腐。胡麻の香り高さやモッチリとした食感の良さもさることながら、自家製胡麻味噌ダレの濃厚なコクと芳醇さが絶品でした。 名物の胡麻豆腐。単品は500円(画像:龜屋 一睡亭)。 季節感を湛えた前菜に続くこの日(10月初旬)のお造りは、身の引き締まったヒラマサとマグロ。白身魚は長崎県きっての好漁場、九十九島で揚がるタイやヒラメ、ヒラマサなどの高級魚を一年を通して提供しているそうです。 うなぎを一匹使ったうな重(松)(画像:龜屋 一睡亭)。 4品目の茶碗蒸しを平らげると、いよいような重が登場。食欲をそそる芳しい焼き色に、旬を物語る肉厚のうなぎ。口にすると、皮目の歯ごたえの後にうなぎがあっという間にとろけ、なだれ出るような旨みに、思わずうなりました。 「生産者によると、共水うなぎは脂が霜降り状態になっているそうです」と荒川さんに聞いた時はあまりイメージできませんでしたが、確かに、質の高い霜降り肉が舌の熱で一瞬にして溶けていくかのような食感。それでいて、脂が全くしつこくなく、箸が進みます。 ご飯も鮮度を大切に、炊きたてを出すべく少しずつ炊いているとのこと。お米は北魚沼産コシヒカリに限定。北魚沼は山間部にあるため、天然のミネラルを含んだ雪融け水が田に流入してくることや、気温差があるため、甘みのある、滋味に富んだ米ができることからだそうです。 このコシヒカリの甘みが、噛むほどにあっさりしたタレにいい塩梅で加味され、そこに「霜降りうなぎ」が溶け込み、至福の味わいを堪能できました。 デザート(コース外)の小倉アイス最中も、先代が江戸期から続く和菓子屋の息子であったという流れが窺われる美味しさ。 小倉アイス最中 2個600円。職人が1枚ずつ手焼きしている輪種(皮)が気持ちいいほどパリッとしていて、食感と味わいのアクセントになっている(画像:龜屋 一睡亭)。 全てにいい食材を使い、鮮度を大切に納得のいく味を。その「半端ない実践力」を感じさせられた店でした。 3店目の最低限にして最大のこだわりとは?「いつも美味しい」が最低限にして最大のこだわり「いつ食べても美味しいうなぎを出す。それ以上もそれ以下もないですね」 そう語るのは、3選最後のうなぎ屋「日本橋いづもや」の3代目、岩本公宏さん。日本橋にある、1946(昭和21)年創業の店です。 江戸通りに面するいづもや本館のお座敷。創業時より使い続けている日本家屋で、全室椅子席(2018年10月18日、宮崎佳代子撮影)。本館脇の路地を入ったところにある、いづもや別館のテーブル席。お座敷もある(2018年10月18日、宮崎佳代子撮影)。 いづもやでは、「いつ食べても美味しい」うなぎを提供するために、毎朝必ず複数の社員で味見をするといいます。九州産を中心に、その時々でいい状態の国産ものを問屋から仕入れ、美味しくなければ返品して交換してもらうことも少なくないそうです。 それでも全てを味見するわけではないため、なかには合格点に若干届かないものが混じっていることも。それを、裂く、蒸す、焼くの3つの工程やタレで遜色を許さない100%の美味しさにもっていく。それが最低限やらなければならない「最大のこだわりです」と岩本さん。 「とにかく、食べてみてください」と自信満々のうな重をいただきに、本店から徒歩数分の日本橋三越店を訪れました。 うな重(鼓)5940円(税込、以下同)。半身のうな丼は2160円、4分の3匹のうな重(竹)は3024円(画像:いづもや)。 最初に昔ながらの江戸前らしく香の物が出てきて、しばらくしてから重箱が運ばれて来ました。ふたを開けると、炭火焼きながら綺麗な蒲色が目に飛び込んできて、ふっくらとしていて、見るからに柔らかそう。 箸で肉厚の身を切り分ける段階からその柔らかさが伝わってきて、口にすると、ふわっと優しい食感と旨みがゆっくりと広がっていきます。ふんわりと炊き上げられた宮城産ひとめぼれは、タレと相まって口ほどけの良さが絶妙で、うなぎとも相性抜群でした。 うな重は、ランチタイムに「特別サービス限定10食」として、蒲焼3枚(1匹半)、肝吸いまたは赤だし付きを3240円で先着順に提供しており、狙い目です。 岩本さんはメニュー開発にも熱心で、「蒲(がま)の穂焼き」「生醤油焼き」「いづも焼き」と次々に独自性あるうなぎ料理を考案してきました。 蒲の穂焼き。蒲焼き以前のうなぎの食べ方を再現したとするもので、鮎や岩魚を食べるときのように棒をさし、塩で味付けしたものを現代風にアレンジ。1本2160円で注文は2本から(画像:いづもや)。いづも焼き 4752円(半身は2376円)。醤油の醸造所に頼んで作ってもらった「うなぎの魚醤」を、蒸しあげたうなぎに塗って焼いたもの。秘伝のタレとはまた違った、香り高いうなぎに焼きあがるそう(画像:いづもや)。 しかし、「これらはうな重が美味しくてこそ、前座として引き立つんです」と言います。つまり、全てのキーとなるのは、ご飯、タレ、そしてうなぎ。そのハーモニーへの並々ならぬこだわりが、「いつ食べても美味しい江戸前うなぎ」につながっていると納得しました。 Kさんの江戸前うなぎの評価ポイントは、うなぎ自体の味に加えて、焼き方と季節によるタレの濃度と甘さ、後味とのこと。選出の3店は、まさにそれらを「外さない江戸前うなぎ屋」だったそうです。 ●龜屋 一睡亭 ・住所:東京都台東区上野2丁目2-13-2 パークサイドビル 1、2階 ・アクセス:銀座線「上野広小路駅」A3番出口から徒歩約3分、千代田線「湯島駅」2番出口から徒歩約3分、JR「上野駅」不忍口から徒歩約3分 ・営業時間:11:30〜21:20(L.O.) ・定休日:年中無休 ・料金:うな丼(肝吸い付)2800円 蒲焼御膳6600円 会席コース10000円、13000円、15000円 ※価格は税別。お座敷利用の場合(4人〜)は、サービス料10%別途。一品料理もあり。 ●日本橋いづもや 本店 ・住所:東京都中央区日本橋本石町3丁目3-4 ・アクセス:JR「新日本橋駅」2番出口から徒歩約2分、同「神田駅」南口から徒歩約4分、銀座線「三越前」A8出口から徒歩約3分 ・営業時間:月曜〜金曜 11:00〜14:00、17:00〜21:00(L.O.) 土曜 11:00〜15:00、16:00〜20:00(L.O.) ・定休日:日曜、祝日(土用の丑の日は営業) ・料金:昼/うな丼2160円、うな重3024円〜 夜/旬彩膳コース8640円、10800円、12960円 うなぎづくしコース9720円、11880円、14040円 ※価格は税込。お座敷利用の場合(2人〜)は、サービス料10%別途。コースメニューは希望の品に変更可能(追加料金が発生する場合あり)。一品料理もあり。
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