昭和の珍スポット「秘宝館」の魂を引き継いだ大塚のバー。店主を支えるのは「人間は本当に面白い」という結論だった

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昭和の珍スポット「秘宝館」の魂を引き継いだ大塚のバー。店主を支えるのは「人間は本当に面白い」という結論だった

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昼間たかし

ルポライター、著作家

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2019年4月、大塚にバー「ニュー秘宝館」がオープンしました。いったいどのようなバーなのでしょうか。ルポライターの昼間たかしさんが解説します。

意外に女性人気の高い秘宝館

 皆さんは「秘宝館」と聞いて、どのようなイメージを浮かべるでしょうか。「秘宝」だから、古今東西の珍しいものを展示した施設を思い浮かべるかもしれません。

 古今東西の珍しいものを展示しているのは間違いありませんが、「秘宝館」で展示されているのは性や性風俗に関するもの。すなわち「セックスミュージアム」といったほうがいいかも知れません。

 かつて「秘宝館」は全国各地にありました。高度成長期に始まった「秘宝館」は主に温泉街などの観光スポットに設けられ、団体旅行客が物珍しさで立ち寄るスポットとして隆盛を極めました。しかし平成になるとそうした施設の需要は減り、経営者の高齢化や建物の老朽化などによりその数を減らしていきました。いまや、全国に残るのは熱海の「熱海秘宝館」(静岡県熱海市)しかありません。

 けれどそんな消えゆく施設は、新たな形で脚光を浴びています。珍しさゆえか、嗜好の変化かイベントなどが開かれると大勢の若者が集まるのが当たり前。遊郭や赤線をテーマにしたイベントでは女性客の方が多いことは知られていますが、秘宝館も同様です。

 そんな秘宝館への愛がつまった新たな店が2019年4月、大塚にオープンしました。

「ニュー秘宝館」のネオンサイン(画像:昼間たかし)



「ニュー秘宝館」(豊島区北大塚)がそれです。山手線沿線でも、巣鴨と並んで昭和感の強い大塚。駅から徒歩5分ほど空蝉橋(うつせみはし)通りが終わる大塚の街外れに、その店はあります。

「そう、600万円くらいは使いましたかねえ……」

 そう話すのは、この店主の片品村蕃登(かたしなむら ほと)さん。この店は秘宝館に魅せられて現地訪問から資料の収集。関係者への聞き取りと人生の多くを秘宝館に捧げた片品村さんの情熱が注がれた店です。

マニアはマウントをとってばかり

 片品村さんの情熱が感じられるのは、まず内装です。壁に掲げられた懐かしい感じのネオンサイン。これは、佐賀県にあった 嬉野武雄観光秘宝館の看板だったものです。

 惜しまれつつも2014年に閉館した 嬉野武雄観光秘宝館では、閉館にあたりオークションが開催されました。全国から秘宝館マニアが集まりましたが、売れるのは小さなものばかり。大きなものは運ぶのにも置き場所にも困るからでしょうか。売れたのは主にキャッチーな看板などが中心で、名物だったマリリン・モンローの人形も落札価格は1万円程度だったといいます。ちなみに片品村さんが人形に手を出さなかったのは、「1/1の人型のものが苦手なので……」だそうです。

 そして翌日……。

「閉館イベントでスタッフをさせていただいたので、イベント終了後、受付の中野さんから『明日解体だから、もし来たかったらおいで』と言われ翌日も出向きました。集まった数人のコレクターやマニアで残っている展示物を分配していたのですが、看板がスクラップになっていくのを見ていたら寂しくなり『雑でいいので、文字の部分だけ切り取っていただけませんか』と交渉したんです。それから、自宅に運び込んだときに自力でヤスリなどで綺麗にしたんです」(片品村さん)

 こうして、嬉野武雄観光秘宝館のネオンサインは「ニュー秘宝館」で新たな命を吹き込まれたというわけです。

「ニュー秘宝館」の店内の様子(画像:昼間たかし)



 それから、全国の秘宝館で展示されていた資料がどんどんたまっています。店内にもいくつかの展示物は飾ってありますが、それはごく一部。

「自宅は、ほとんど倉庫の中で寝ているようなものです」

 そんな片品村さんがいわゆるマニアと一線を画するのは、それぞれの秘宝館に関するエピソードの多さ。秘宝館を経営していた人や展示物をつくった人などのことを誰よりも詳しく、情熱をもって語ってくれるのです。

 いわゆる「珍スポット」ネタというのは、現地訪問して写真を撮って面白さを伝えるものがほとんど。ところが片品村さんは、「この資料を手に入れたときには、こんな人と出会って~」と、話のひとつひとつが血湧き肉躍る冒険譚になっているのです。

「こうしたテーマは、どれだけの数の場所を訪問したかでマウントをとる人が多いでしょう……私は、決してスタンプラリーにはしたくなんです」

閉館した秘宝館の所有者を探して……

 場所の珍しさや、行った場所の数ではなく「人」に魅せられたのには理由があります。片品村さんの秘宝館初体験は、鬼怒川温泉にあった「鬼怒川秘宝殿」です。

「当時片想いをしていた人との旅行の途中で立ち寄ったんです。秘宝館に興味があったというより、そうしたところに出掛けたらなにか関係が進展するんじゃないかと思って。結局付き合えなかったわけですが……」

 そこで出会ったのが、内縁の旦那さんと交代で館を切り盛りしていた女性館長。過剰なほど来客を歓迎し、「どこを撮影してもいいから!」と案内してくれる姿に、「この人はいったいどうして館長になったのだろう」と興味を持ったといいます。その興味の結果、何度か通っているうちに仲良くなり、ついには「鬼怒川秘宝殿」を自作して販売して貰うようになりました。

「ニュー秘宝館」の店内の様子(画像:昼間たかし)



 こんな風にほかのマニアとは違う方向から、秘宝館に興味を持った片品村さんですが転機となったのは札幌市南区にあった北海道秘宝館。既に閉館していたのは知っていましたが、「当時の付き合っていた相手と北海道に行くって決まってから、ギャーギャー行って連れてってもらった感じ」だといいます。

 到着したのは夕方近く。既に閉館してしばらく時間の経った建物はこっそり入っても誰も咎めないように思えました。しかし「不法侵入はまずい」と思い、そのときは諦めたのです。しかし、どうしても中を見たかった片品村さんは、登記簿で所有者を捜し当てアポなしで訪問したのです。

 中に入ることは快諾してもらえましたが、そのかわりに「中の展示品を買ってくれる人を探しているので、売ってくれないか」と言われました。しかし片品村さんは躊躇しません。差し出されたアルバムには展示品の写真リストがあり、その場でいくつかの展示品を買うことを決めたのです。

経営者や製作者の思いを聞き込んだ

 そして気がつけば、それらの展示品をつくった職人さんたちとも出会って毎日のように飲み明かし、思い出話を聞くようになっていたといいます。

「やっぱり、秘宝館の面白さは経営していた人や制作サイドの人の思い出話やその人自身の魅力。そうした話を聞くのがめっぽう楽しいんです」

 こうして集まった資料。中には完成予想図や展示品の配置イメージ。そして建物の設計図も丸ごと入っています。資金さえあれば、もう一度秘宝館をつくることさえ可能なのです。

 そんな秘宝館の魅力を語り継ぐためにオープンしたお店ですが、客層はさまざまです。

「秘宝館が好きな人だけではなく、さまざまなお客さんがやってきます。中には、なにかピンクなサービスがあるんじゃないかと期待して来るおじさんもいますけど……」

 なお、インスタ映えを狙って来店する女性客は多いそうです。なるほど、人とは違ったインスタ映えを狙うならオススメなのは間違いありません。なお筆者の私見で、もっとも映えそうなのは、なぜか豪華絢爛になっているトイレです。

 もうひとつこのお店で嬉しいのは、喫茶メニューが充実していること。クリームソーダにいたっては味が4種類も揃っている充実ぶり。バーなのにお酒が飲めない人も、存分に楽しめるのです。ちなみに片品村さんはアニメも大好きなので、そうした話をしたい人にもオススメです。

 お店を通じて、自身の情熱を人に伝えていこうとする片品村さん。収集した資料をもとに制作した同人誌は既に5冊。今後は商業出版の予定もあるそうです。

 秘宝館の再評価を「単なる珍スポット巡り」ではない形で成し遂げようとする片品村さんの研究は、まだまだ始まったばかりのようです。

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