韓国人観光客「48%減」が問う、平和産業としての「観光」と観光立国・日本のとるべき道とは

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韓国人観光客「48%減」が問う、平和産業としての「観光」と観光立国・日本のとるべき道とは

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内田宗治

フリーライター、地形散歩ライター、鉄道史探訪家

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徴用工問題や韓国のGSOMIA破棄決定などで過去最悪となった日韓関係が影響し、2019年8月の訪日韓国人旅行者数は前年同月比でマイナス48%となりました。このような状況において、日本が「観光立国」となるために選択すべき道について、旅行ジャーナリストの内田宗治さんが解説します。

8月の訪日韓国人旅行者数、前年同月比マイナス48%

 2020年に訪日(日本を訪れる)外国人旅行者数を4000万人にする――。

 日本政府が立てたこの目標の達成が、ここに来てかなり難しくなってきました。韓国からの旅行者が大幅に減少したことなどがその原因です。

韓国からのインバウンドが減少している(画像:写真AC)



 2019年8月の訪日韓国人旅行者数は、なんと前年同月比でマイナス48%。ほぼ半分に減ってしまったわけです(人数は30万8700人、日本政府観光局発表推計値)。減少の理由は、とくに7月1日(月)、経済産業省が韓国向け半導体素材3品目の輸出管理強化の発表以降、韓国民の対日感情が急速に悪化しためです。

 韓国人の訪日旅行者数は6月段階では前年同月比プラスだったのですが、7月に前年同月比マイナス8%、そして8月にはこうした大幅減となってしまいました。

 昨年(2018年)の訪日外国人旅行者は3119万人でした。その内訳(訪日旅行者数、シェア)を国・地域別にベスト5の形で見てみましょう。

1位:中国(838万人、27%)
2位:韓国(754万人、24%)
3位:台湾(476万人、15%)
4位:香港(221万人、7%)
5位:米国(153万人、5%)

 韓国からの旅行者は、訪日外国人全体の約4分の1を占めるほど多く、そのためこれが減少すると全体への影響が大きいわけです(8月の訪日外国人旅行者総数は前年比マイナス2.2%の252万人)。

 今後、日韓間の航空路線の運休や減便、機材の小型化も発表されています。大韓航空は成田―済州、関空―釜山・済州など6路線の運休を9~11月より行うことを発表。このほかティーウェイ航空などLCC(格安航空会社)による日本の地方空港への路線も、運休が数路線で行われる予定です。

インバウンド激増の理由は円安、ビザの緩和など

 日本政府は、「観光立国」を標榜しています。2006(平成18)年の第一次安倍内閣による観光立国推進基本法の成立などに端を発します。

 日本経済の発展を支えてきたモノづくり産業に陰りが見え、インバウンド(訪日外国人)関連を日本の新たな基幹産業にして外貨を得ようという政策です。観光は都市圏も地方も共に可能性があり、交通、宿泊、飲食、みやげなど関連分野の裾野が広いので基幹産業に育ちうるとしたわけです。

 冒頭で述べた黄色信号が灯った状況から、以下のふたつの問題が浮かび上がってきます。

1.そもそも目標とする4000万人という数字にどういう意味があったのか
2.旅行産業は典型的な平和産業であり、政治・経済情勢の悪化、戦争、テロ、流行病などで大きく落ち込むので、そのリスクを認識する必要があること

 上記1から見ていきましょう。背景には2013年頃からの訪日外国人旅行者の激増があります。

2012年:836万人
2013年:1036万人
2014年:1341万人
2015年:1974万人
2016年:2404万人
2017年:2869万人
2018年:3119万人

 なんと7年間で3.7倍、2283万人も増加しています。それ以前の7年間、2005(平成17)年から11年までは600万人台から800万人台の間で推移していたのですから、その増加ぶりは異常なほどです。

年別訪日外国人旅行者数の推移(画像:ULM編集部)



 激増の理由は、円安、ビザの緩和、LCCの台頭、クルーズ船の多数就航、発地国の経済成長などさまざまな理由が複合したものと考えられています。

 以前から政府は目標数字を発表していたのですが、2013年からの増加ぶりを見て2016年、「東京オリンピックの年(20年)に訪日外国人旅行者数4000万人」と目標を上方修正しました。

何の根拠もなかった「4000万人」という数値

 本来目標の数字を立てるにあたり、その数字の根拠、経済効果、観光公害などマイナス面への対処などさまざまな検討をともなった戦略を立て、国民への認知努力をするべきです。

 どのように検討したのか常々気になっていたのですが、先般の週刊東洋経済9月7日号「観光立国」特集号で、菅義偉官房長官が対談の中で、観光庁の担当者が(目標)最大で3000万人というのに対し、6000万人でも可能だという外国人識者の主張も考慮して、(間を取るようにして)4000万人に決めた、と述べていることに驚かされました。4000万人には、何の根拠も戦略も無かったのです。

根拠だけでなく戦略も無かった(画像:写真AC)



 この数年いくつかの観光地で、いわゆる「観光公害」が起きています。交通混雑・渋滞の発生や違法駐車、ゴミの放置、騒音、住民のプライバシーの侵害など、観光客が多くなることにより地元民が被害を受けることが観光公害です。

 京都では生活路線のバスが大混雑となり、地元のお年寄りが医者に通うのにとても大変になった例が取りざたされています。観光公害の理由がすべて外国人旅行者のせいというわけではありませんが、この数年異常なまでの外国人旅行者の増加に、対応できていない観光地もあるわけです。観光公害などの対策を伴っての目標数字を立てるべきでした。

 年々外国人旅行者の増加を目標とするなら、それに見合うように宿泊施設を増やす必要があります。そのためのひとつの政策が民家などへの宿泊の規制緩和、いわゆる民泊新法(住宅宿泊事業法)で、2018年6月に施行されました。

 日本への航空便も増やす必要があります。そのための対処が羽田空港において国際線を増便するための飛行経路の変更(2020年3月より運用開始予定)です。南風夕方前後に、これまでは東京湾上を通って着陸していたのを、新宿や渋谷など人口密集地の上空を通るコースへと変更になるため、万一の落下物や騒音への不安などにより反対の声が多く上がっています。

 民泊新法のメリット・デメリットや飛行経路変更の問題点については別の機会に譲るとして、ここでは、2020年の目標数字を達成するため待ったなし、やや拙速でこうした法律の変更を行なう弊害を指摘しておきたいと思います。4000万人という数字に根拠がないのですから、時間をかけるべきことにはそれなりの時間をかけて検討するべきです。

産業リスクを把握した行動を

 2番目のインバウンド産業の「リスク」についてもぜひ述べておきたい点です。

 戦争やテロが起きたら海外旅行客は激減します。2001年9月11日の米国同時多発テロの際などがその例です。また2005年、2009年前後の鳥インフルエンザや新型インフルエンザの世界的流行などの際も旅行者は減りました。2008~2009年のリーマンショックなど経済情勢の悪化もインバウンドに大きく影響します。

 近年気になるのが政治情勢の悪化です。韓国では2017年、訪韓外国人旅行者数が、なんと前年比マイナス23%、400万人もの減少となりました。原因はアメリカの高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)の在韓米軍配備に反発した中国政府が同年3月、中国人の韓国への団体旅行を全面禁止したためです。

 同様のことが台湾でも起きています。台湾における中国人観光客(大陸客)は2014年に約400万人でしたが、2016年頃から減少しだしました。「脱中国」「独立」を謳う蔡英文(さい・えいぶん)が総統選挙で圧勝すると中台関係は複雑な関係となり、大陸から台湾への直行便の数を中国当局が減らしたためと言われています。2018年の大陸客は約200万人でした。さらに2019年8月1日、中国は台湾への個人旅行を当面の間停止すると発表しています。

2018年の訪日外国人全体の旅行消費額(画像:観光庁)



 もしも日中関係にヒビが入り、中国政府が日本への旅行に制限をかけたらどうなるでしょうか。現在日本への外国人旅行者の3割近くが中国からの旅行者です。彼らの日本での消費額は1兆5450億円(2018年)にのぼり、全外国人旅行者消費額の34%を占めています。もはや中国人旅行者は、日本経済に大きな影響を及ぼす存在です。万一それが何かを発端として激減した場合の影響ははかりしれないほど大きくなっています。

 5年後10年後といった中期的視点に立つとき、ある国からの訪日旅行者が、ある時期、減少することがないとは限りません。また日本国内でも外国人旅行者に人気の地が一部移ろいゆくかもしれません。

 日本政府が観光立国への旗振りを推し進めていくことへの賛否とは別の次元の問題として、そのリスクをしっかりと把握しておくことが大事だということを強調しておきたいと思います。

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