THE BOOM『中央線』――日本を代表するニューミュージック路線 杉並区【連載】ベストヒット23区(2)

人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。


乗るとよみがえる30年前の甘酢っぱい気持ち

 歌詞はやや抽象的なのですが、野暮ながら意味を読み解けば――僕を待っている彼女に会いに行くために、夜の中央線に乗るのが1番。2番の歌詞では、その彼女が出ていってしまい(逃げた猫を探しに出たまま、という設定がいい)、悲しみの中、僕はまた夜の中央線に乗って、どこかをさまよう――という感じのストーリー。

 歌詞では、中央線のどの駅あたりのことを歌っているのかは明示されていません。杉並区かも知れないし、三鷹や国立、八王子かも知れないし、もしかしたら、作者・宮沢和史の出身地である山梨県甲府の「中央本線(中央東線)」のことかも。

 ただし、友部正人『一本道』の後継だと考えると、やはりここは杉並区の話と解釈しましょう。以下、元杉並区民の私の独断で、歌詞の舞台を設定します。

 時は1990(平成2)年。彼女が住んでいたのは荻窪駅から徒歩10分くらい、地名で言えば杉並区桃井のワンルームマンション、2階建ての2階。8畳一間とユニットバス。フローリングの地べたにソファーベッドと黒いテレビ。強化ガラスを使った黒く細い脚の小さなテーブル。タバコ「キャビン」柄の円筒形金属製のゴミ箱――。

 当時の記憶をたどりながら、適当にディテールを書いてみましたが、あれから30年近く経って齢50を超えた今でも、(全身オレンジ色だった当時とは違う、一部だけオレンジの)中央線車両に乗ると、当時の記憶や思い出、ディテールが次々とよみがえってきて、恥ずかしながら、甘酢っぱい気持ちになるのです。

 だから、阿佐ケ谷駅から中央線に乗って、THE BOOM『中央線』と友部正人『一本道』をスマホで聴けば、こんな言葉が浮かんできます――。

僕の思い出を乗せて、走り出せ中央線。
そして、一本道の滑走路から、空を飛んで、
あの頃出会った、あの娘やあいつの気持ちに突き刺され。


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