「ノーサイド・ゲーム」も好調 池井戸作品はなぜ共感を呼ぶのか? 東京目線で考える

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「ノーサイド・ゲーム」も好調 池井戸作品はなぜ共感を呼ぶのか? 東京目線で考える

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増淵敏之

法政大学大学院政策創造研究科教授

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現在放送されている池井戸潤さん原作のドラマ「ノーサイド・ゲーム」が3話連続で視聴率2桁キープするなど好調です。これまでにも「半沢直樹」「ルーズベルトゲーム」「下町ロケット」などをヒットさせてきた池井戸さんですが、なぜこれらの作品が視聴者の共感を呼ぶのでしょうか。その理由を法政大学大学院政策創造研究科教授の増淵敏之さんが解説します。

聖地巡礼の持つ力とは

 映画やアニメなどのコンテンツ作品が引き起こす現象のひとつに、いわゆる「聖地巡礼」があります。聖地巡礼はこの数年、地域振興と結びつけて語られることが多くなっています。

 確かに地域振興と結びつければ、来街者が増えることで経済効果も期待できるでしょう。しかし聖地巡礼はあくまで、作品を見た個人の作品に対する感動や共感から始まるもので、「誰も知らない場所」を「誰でも知っている場所」に変える力があります。

社会人ラグビーを描いたドラマ「ノーサイド・ゲーム」のイメージ(画像:写真AC)



 一方、聖地巡礼にはマイナスの効果を生じる可能性もあります。地域住民の生活圏が観光圏に組み込まれるからです。まち歩きは個々の自由ですが、立ち入り禁止の場所に入ったり、大勢で押し寄せたりするべきではありません。

 テレビドラマでいえば、2016年のTBS系ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」放送時に、ファンがドラマのロケ地であるマンションを訪れて、写真を撮影したり、住居スペースに入ったりするなどの迷惑行為を行い、公式サイトで注意喚起がなされていました。

 さて東京を描いたテレビドラマは膨大にありますが、個人的に小説家・池井戸潤さん原作の作品に関心を寄せています。なぜかというと、現在大学教員である筆者(増淵敏之。法政大学大学院政策創造研究科教授)は十数年前まで、会社勤めの日々を送っていたからです。

 組織の中の自己実現物語というか、壁にぶつかりながら理想や夢に一歩でも近づこうとする主人公への共感といいましょうか、少々、懐かしい気持ちで観ることになります。小説自体はもちろん面白いので、好セールスに結びつく理由もわかりますが、テレビドラマはテレビドラマならではの、違った面白さがあるように思います。

池井戸作品に登場する風景

 現在、放送されているのは「ノーサイドゲーム」(毎週日曜21時~21時54分、TBS系)です。池井戸作品らしく、主人公は自動車会社の本社から工場総務部に異動、ラグビー部のゼネラルマネジャー兼務というある意味、左遷人事に近い境遇となったところから話は始まります。

「ノーサイドゲーム」のエキストラ募集を告知する府中市のウェブサイト(画像:府中市)



 左遷の原因は、主人公が常務取締役の提出した企業買収案に反対したから。筆者もこのような体験を何度も経験しましたし、理不尽な人事と言えます。確かに内辞があったときは、妙に勘ぐってしまうものです。

 主演の大泉洋さんとは面識がないものの、筆者が札幌のFM局にいた頃、地元の演劇人の紹介で「水曜どうでしょう」を企画・出演していた鈴井貴之さんと出会いました。2009(平成21)年9月に発表された彼のエッセイ『ダメ人間』(メディアファクトリー)で、鈴井さんは私との出会いについて触れてくれたようです。そのためか、「水曜どうでしょう」に彼と一緒に出ていた大泉さんには、人知れず親近感を抱いています。

「ノーサイドゲーム」の最初のロケ地は、府中市にある東芝ラグビー場です。府中市のウェブサイトでは、「ラグビーのまち府中」をテーマとした魅力発信の取り組みを進めており、撮影ではラグビー場のほか、市内各所がロケ地として活用されている旨が記載されています。

 池井戸作品では「半沢直樹」「ルーズベルトゲーム」「下町ロケット」などがテレビドラマ化されていますが、東京の街も多く描かれています。それは丸の内を始めとしたビジネス街であったり、中小企業の集まる工場地帯だったりとバリエーションは幅広いのですが、話の流れの中では東京以外の都市も描かれています。「半沢直樹」では大阪界隈のロケも多く、「陸王」はロケの中心は埼玉県の行田でした。

 しかし同時に池井戸作品を通じて、日本の都市システムも浮き上がってきます。「近郊都市(工場) - 東京都心部(本社)」のような関係です。もっといえば「地方都市(支店) - 東京都心部(本社)」の関係も視野に入ってきます。

 つまり日本は、東京を頂点にした都市の階層が歴然と存在しているということです。もちろんこれは企業にも通底しています。池井戸作品はそういった意味で、企業の物語であると同時に、ひとつの都市論として見ることができます。

地方出身者は東京をどのように見ているのか

 池井戸さん自身は岐阜県八百津町の出身で、慶應義塾大学を卒業後、銀行に就職。「半沢直樹」を始めとした一連の「企業もの」にその経験が活かされています。

池井戸さんの母校・岐阜県立加茂高等学校がある美濃加茂市の水田(画像:写真AC)



 地方出身の池井戸さんの作品には、どこかしら「冷ややかに東京を見つめる視線」を感じます。だからこそ、作中に「感動」「友情」「信頼」という人間的なものの大切さが際立っているのではないでしょうか。地方出身者は、誰しも池井戸さんと似たような感覚を持っている気がします。

 作風は少々異なりますが、2004(平成16)年に発表された吉田修一さんの『ランドマーク』(講談社)も同様です。主人公の台詞に、次のものがあります。

「ここ大宮にすでに二年以上住んでいる。住民票も移し、税金も払い、立派なさいたま市民であるはずなのに、一度もこの街を自分の街だと思ったことがない」(114ページ)

 吉田さんは長崎県の出身です。『ランドマーク』はさいたま市を舞台にした小説ですが、同じく地方出身者の筆者にも近い感覚があります。東京に長く住んでいますが、自分の街だと思ったことはなく、故郷の街ももう自分の街とは思えません。愛情を寄せる場所を見失っているのかもしれません。

 長い梅雨もいよいよ終わり、夏空がようやく顔を覗かせる季節です。緑の天然芝を眺めるのは気持ち良いでしょう。「ノーサイドゲーム」の影響で東芝のラグビーグラウンドは、すでに「誰でも知っている場所」に変わっていることもあり得るでしょう。

 そして、もしかしてそこが地方出身者にとって、冷ややかな東京の中での、個人的な愛情を託せる場所になるのかもしれません。

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