三社祭で有名!ポップな「大丈夫守」がかわいい浅草神社―東京神社案内【12】

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三社祭で有名!ポップな「大丈夫守」がかわいい浅草神社―東京神社案内【12】

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石津祐介

ライター、写真家

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東京都には約2,000社の神社があると言われています。初詣や祈願成就で参拝したり、散歩がてらに立ち寄ったりと神社に行く機会は何かと多いのでは。そこで本シリーズでは、写真家の石津祐介さんが神社の見どころや土地とのつながり、オススメの授与品を紹介し、神職の方からお話を伺います。第12回は「浅草神社」です。

●三社様をお祀りする浅草神社

 浅草神社は「三社様」をお祀りする神社で、観光地として外国人にも人気の浅草寺のそばにあります。有名な三社祭はこの三社様にちなんだお祭りです。

 今回は、権禰宜の三善和真さんに神社を案内していただきました。

「浅草神社の御祭神は、土師真中知命(はじのまなかちのみこと)、檜前浜成命(ひのくまのはまなりみこと)、檜前武成(ひのくまのたけなりみこと)をお祀りする神社です。この三柱は『三社様(さんじゃさま)』と呼ばれています」(三善さん)

三柱の御祭神の名が刻まれた「三社の碑」(画像:石津祐介)



●浅草寺と浅草神社

 浅草神社の創建は、浅草寺と深い関わりがあるといいます。

「西暦628年、推古天皇の時代に漁師であった檜前浜成と武成の兄弟が、3月18日に投網の漁に出たところ、何度網を掛けても木の像しか掛からず、不思議に思った兄弟は知識人であった土師真中知に相談に行きます。真中知は『これは観音様なので大切にしよう』と、自宅を寺にしたのが浅草寺の始まりです。時を経て、土師氏の子孫が『私を大切にしてくれた祖先を、神様として祀りなさい』と夢で観音様からのお告げがあり、平安から鎌倉時代の頃に浅草神社が創建されました」(三善さん)

神社の社紋は、3つの網が重ねられた「三網紋(みつあみもん)」(画像:石津祐介)

「浅草神社は、明治までは『三社権現社』として浅草寺と一体でしたが、明治政府の神仏分離令によって『三社明神社』となり、後に浅草神社となりました」(三善さん)

明治になり、浅草寺から別れて「浅草神社」となりました(画像:石津祐介)

●三社祭と浅草神社

 有名な三社祭は毎年5月に行われる浅草神社の例大祭で、祭りの時期には多くの人でにぎわいます。

「もともとは浅草寺と一体の祭りでしたが、神仏分離後は浅草神社の祭りとなりました。昔は5月17•18日に行われていましたが、交通事情なども踏まえて現在では、5月の第3週の週末に行われています」(三善さん)

●国の重要文化財の社殿

 現在の社殿は徳川家光によって寄進されたもので、江戸時代に建てられました。江戸の大火、関東大震災、東京大空襲などの災害を免れ、江戸時代初期を代表する貴重な木造建築です。

「社殿は、徳川家光公の寄進によって1649年に完成しました。昭和26年には拝殿・幣殿・本殿が国の重要文化財に指定されました」(三善さん)

極彩色に塗られた拝殿内。平成になり大規模な修復作業が行われました(画像:石津祐介)

人気の授与品や御朱印をいただこう

「大丈夫守は、三社様のお力により『あらゆる悩みや心配事が無くなり心安らかに過ごせますように』というお守りで、全8色あります。それぞれに日本の伝統的な文様が入っているのが特徴です」(三善さん)

 御朱印は、浅草神社の他に「浅草名所七福神」や末社の「被官稲荷神社」の御朱印や、神事や行事に合わせた特別御朱印があります。

人気の授与品「大丈夫守」(画像:石津祐介)
御朱印と社紋が描かれた御朱印帳(画像:石津祐介)
今回、神社を案内していただいた権禰宜の三善さん(画像:石津祐介)

■浅草神社(あさくさじんじゃ)
住所:東京都台東区浅草2-3-1
TEL:03-3844-1575
受付時間:平日9:00~16:00/土日祝9:00~16:30
アクセス:東京メトロ銀座線 浅草駅から徒歩7分
都営地下鉄 浅草線浅草駅から徒歩7分
東武線 浅草駅から徒歩7分
つくばエクスプレス 浅草駅より徒歩10分

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