戦前の東京を代表するお菓子「塩せんべい」。実は塩味ではなかった?

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戦前の東京を代表するお菓子「塩せんべい」。実は塩味ではなかった?

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近代食文化研究会

食文化史研究家

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明治時代の東京を代表する菓子「塩せんべい」。東京各地には、今戸の都鳥せんべい、谷中の谷中せんべい、団子坂の菊見せんべいなど、それぞれ有名な手焼きの塩せんべいがありました。塩せんべいとはどういうせんべいだったのでしょうか? 食文化史研究家の近代食文化研究会さんが解説します。

明治時代の東京名物「塩せんべい」とは?

 水天宮の門前町にある老舗和菓子店・三原堂本店。

三原堂本店(画像:近代食文化研究会)



 三原堂名物といえば、安産の神様水天宮のお守りを型取った「御守最中(おまもりもなか)」に「どら焼き」、そして「塩せんべい」。

三原堂の塩せんべい(画像:近代食文化研究会)

 この塩せんべい、塩せんべいなのに色が茶色です。というのも、醤油を塗って焼いているからです。

 思想家・吉本隆明は、娘である漫画家・ハルノ宵子(よいこ)とせんべいについて話すとき、いつも話がかみ合いませんでした。

 “おみやげにいただいた、せんべい代表格の「草加せんべい」を父に差し出すと、「おっ!塩せんべいか」と父。「ちがうよ醤油味だよ」と私は言う。”(吉本隆明、ハルノ宵子『開店休業』幻冬舎文庫2015年刊)

 1924(大正13)年生まれの吉本隆明は、醤油で焼いた草加せんべいのことを「塩せんべい」、1957(昭和32)年生まれのハルノ宵子は「醤油味だよ」と言います。

 ハルノ宵子は、醤油味のせんべいを「塩せんべい」と呼ぶのは関西の習慣ではないかと考えますが、会話がかみ合わないのは言葉の地域差ではなく、ジェネレーションギャップに由来するもの。

 戦前生まれの東京人は醤油味のせんべいのことを、なぜか「塩せんべい」と呼び習わしました。それが戦後生まれの東京人には、通じなかったのです。

「ソフトサラダ」が「塩せんべい」ではない理由

 亀田製菓のロングセラー、「ソフトサラダ」。

ソフトサラダのイメージ(画像:photoAC)

 なぜせんべいなのに「サラダ」という名がついているのかというと、亀田製菓によると“「サラダ油」がまだ高価だった1960年代、サラダ油をからめて”焼いたから、という理由だそうです。

 それではなぜ「塩せんべい」という名前にしなかったのかというと、戦前生まれの人が多数派を占めていた1960年代の時点では、「塩せんべい」というと醤油味のせんべいを意味していたからです。

 塩味のせんべいに対して、「塩せんべい」という名前が使えなかったので、「サラダ」などの名前を工夫してつけざるを得なかったのです。

 この醤油味の塩せんべい、現在では埼玉県草加市の名物になっていますが、明治時代は東京のいたるところで焼かれ売られていた、東京を代表するお菓子でした。

 “特別、塩せんべいは東京名物として特に数へられたもので(中略)市中到るところ店先で焼くことになってゐた”(平山蘆江(ろこう)『東京おぼえ帳』ウェッジ文庫2009年刊)

手焼きせんべいのイメージ(画像:photoAC)

 東京各地には、今戸の都鳥せんべい、谷中の谷中せんべい、団子坂の菊見せんべいなど、それぞれ有名な塩せんべいがありました。明治時代の東京では、塩せんべいといえば地元産の名物だったのです。

草加せんべいの登場

 “あんまり塩せんべいを東京人が好くので、後には埼玉県草加の里から草加せんべいがわりこみ、東京地もとのせんべいやをまごつかしたこともあった。”(平山蘆江『東京おぼえ帳』ウェッジ文庫2009年刊)

 おおよそ大正時代から昭和時代の初めの頃に、草加せんべいが東京に進出するようになります。その背景には、東京の塩せんべいの変化があったようです。

 昭和初期の食通の聞き書きを集めた子母沢寛の『味覚極楽』(中公文庫2004年改版)に、鉄道省事務官・石川毅という塩せんべいマニアが登場します。仕事柄、九州から北海道まで全国を渡り歩いて塩せんべいを食べ歩いたこのマニアの評価は、

 “東京の塩せんべいにはろくなものはない”
 “この塩せんべい、日本国中、埼玉県草加の町が第一”

 というものでした。

 なぜ東京産の塩せんべいがおいしくなくなったのかというと、手焼きの店が激減したことがその理由のようです。

 “かういつた店も大正の頃には段々減って来て、昭和になる頃は殆んど街から消へてしまつた。これも普通品が大手筋の大量生産に移行して、家庭製造では工賃が折合はなくなつたからだらう。そうして此の頃から煎餅の質と味が一般に段がついて下落してきた。”(角田猛『東京の味』1956年刊)

 味気ない工場産の大量生産品となった東京の塩せんべいに代わって名を上げたのが、昔ながらに手焼きを続けていた、草加の塩せんべいだったのです。

 “だが草加煎餅のやうに手間暇かまはず作つてゐる高級品は、依然として家内生産で立派に成り立つてゐる”(角田猛『東京の味』1956年刊)

草加せんべいの由来

 『江戸と東京』1939年1月号所収の小川正之助「草加の煎餅」に、草加町長が語る草加せんべいの由来が書かれています。

 いわく、徳川三代の頃から日光参拝客相手に「草加だんご」を売っていたが、雨の日などには売れ残るので、それをせんべいに焼き直したのが草加せんべいの始まりだそうです。

 しかし、食物史研究家の鈴木晋一によると、草加せんべいの歴史はそれほど古くないそうです。

 “現在の塩煎餅を代表する草加煎餅だが、これが江戸時代につくられていた事実を示す資料はないという。どうやら、草加煎餅は明治以後の新しい煎餅であるらしい。”(鈴木晋一『たべもの史話』小学館ライブラリー1999年刊)

 現在、草加せんべいが塩せんべいの代名詞とまでなったのは、歴史が古いからではなく、手焼きの伝統を長い間守っていたからのようなのです。

三原堂本店
所在地:東京都中央区日本橋人形町1-14-10
TEL:03-3666-3333
営業時間:9:30~19:00(土日祝~18:00)
定休日:元日のみ
アクセス:東京メトロ半蔵門線 水天宮前駅より徒歩0分
東京メトロ日比谷線 人形町駅より徒歩2分
都営浅草線 人形町駅より徒歩3分

谷中せんべい 信泉堂
所在地:東京都台東区谷中7-18-18
TEL:03-3821-6421
営業時間:10:00~17:30
定休日:火曜
アクセス:JR日暮里駅より徒歩2分

菊見せんべい総本店
所在地:東京都文京区千駄木3-37-16
TEL:03-3821-1215
営業時間:10:00〜19:00
定休日:月曜
アクセス:東京メトロ千代田線 千駄木駅より徒歩1分

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