転機は「2016年」 フジ月9とTBS火10、人気ドラマ枠はなぜ「攻守逆転」したのか?
毎年ヒット作を出すTBS「火10」枠 2020年10月20日(火)22時からTBS系新ドラマ『この恋あたためますか?』がスタートします。主演を務めるのは、NHK連続テレビ小説『エール』にも出演している今話題の女優・森七菜さん。 アイドルグループをクビになった森さん演じる主人公・井上樹木が、働き始めたコンビニ「ココエブリィ」で出会った東京大学出身の社長・浅羽拓実(中村倫也さん)と経営を立て直すべく、コンビニスイーツの開発に挑む物語です。 コンビニが舞台という新しい設定もさることながら、期待が高まるのは本作が“TBS火曜ドラマ枠”だということ。 近年TBS火曜ドラマ枠は『逃げるは恥だが役に立つ』(逃げ恥、2016年)、『恋はつづくよどこまでも』(恋つづ、2020年)、『私の家政夫ナギサさん』(わたナギ、2020年)、そして2020年10月6日(火)に最終回を迎えた『おカネの切れ目が恋のはじまり』(カネ恋)など、次々とヒットを飛ばしています。 各作品の魅力を挙げれば切りがありませんが、ほとんどの作品に共通しているのはラブコメディーだということ。 近年、恋愛ドラマは視聴率を取りづらく、減少傾向になっていると言われています。その中でTBSはほぼ唯一、ラブストーリーでしっかりと視聴者の心をつかんでいるテレビ局と言っていいでしょう。 ――かつて、「ドラマといえば月9」と呼ばれる時代がありました。 フジ「月9」が時代を彩った頃フジ「月9」が時代を彩った頃 月9とは、フジテレビ系が放送する月曜21時枠のドラマ作品を意味します。 この枠からは1980年~1990年代、織田裕二さんと鈴木保奈美さん主演の『東京ラブストーリー』(東ラブ、1991年)、「僕は死にません!」のセリフでおなじみ『101回目のプロポーズ』(1991年)、のちに月9の顔となる俳優・木村拓哉さんが主演を務めた『ロングバケーション』(1996年)など、往年の名トレンディードラマが誕生。 1996年フジ月9の大ヒット作『ロングバケーション』(左)と、2016年TBS火10大ヒット作『逃げるは恥だが役に立つ』(画像:フジテレビ、ポニーキャニオン、TBSテレビ) 中でも2020年に現代版リメイクも制作された「東ラブ」は“恋愛ドラマの金字塔”と称されました。「月曜日の夜9時は、街から女性たちが消えた」というエピソードがあるほど、当時の若い女性たちを熱狂させたのです。 一方、2014年4月期に新設されたTBS系火曜22時のドラマ枠も、視聴者は若い女性が中心。ですが双方のドラマを見比べると、雰囲気や恋愛観はかなり異なっているように思えます。 東京の華やかな世界にあこがれて そもそもトレンディードラマとは、1988(昭和63)年から1992(平成4)年のバブル景気時代に制作された作品を指す言葉。実際にはバブル崩壊後に誕生したトレンディードラマも存在するのですが、先に挙げたフジ月9作品にはバブル期の華やかさが色濃く残っています。 舞台の多くは東京で、流行を捉えたファッションやブランド、都会的なマンションやレストランなどが登場することも。それらを背景に、容姿も美しい登場人物たちが恋愛ドラマを繰り広げるのだから、誰もが「こんな生活をしてみたい!」と思ったに違いありません。 月9と火10、それぞれの転機となった2016年月9と火10、それぞれの転機となった2016年 また、ラブストーリーという看板に違わず、物語は主人公とそれを取り巻く人々の恋愛模様を中心に展開されるのが月9の特徴。主人公たちが通う学園や職場での日常生活は背景描写のひとつに過ぎず、恋愛以外の悩みや葛藤は多くは描かれない印象です。それよりも恋愛における感情の機微を、丁寧に切り取っています。 鈴木保奈美さん演じる1991年「東ラブ」のヒロイン・赤名リカは、仕事ができる女性として描かれていましたが、転勤の話が出たときに主人公で恋人の永尾完治に判断を委ねるなど、どちらかといえば仕事よりも恋愛を優先している印象でした。 “恋愛至上主義”といえば少々聞こえが悪いかもしれませんが、月9のヒロインたちは恋をすることでキラキラと輝き、日々を充実させてきました。 ただ最終的には自分の判断で恋人や好きな人との別れる、別れないを選ぶなど、受け身だったヒロインが恋愛を通してさまざまな問題を乗り越え、成長し自立しながら幸せをつかんでいく様子を、当時の月9は映し出してきたと言えそうです。 1991年の月9大ヒット作『東京ラブストーリー』。2020年にはリメイク版も登場(画像:(C)柴門ふみ・小学館、フジテレビ、アマゾンPrime Video) 2000年代になると月9は王道の恋愛ドラマではなく、例えば木村拓哉さんが検察官を演じた『HERO』(2001年)や、クラシック音楽をテーマにした『のだめカンタービレ』(2006年)も登場。あくまでも恋愛は補助的要素として描かれるようになりました。 そんな月9に取って代わり、ラブストーリーに真っ向から挑んだのがTBS火曜ドラマです。 2015年までは弁護士や刑事、看護師などの職業に就いている女性が主人公のお仕事ドラマでしたが、深田恭子主演の『ダメな私に恋してください』(2016年)放送以降は、漫画原作の恋愛ドラマを中心に制作されるようになりました。 くしくも2016年は、フジ月9がその後およそ2年にわたり平均視聴率1ケタ台を連発するという“低迷期”に突入した時期とも重なります。この年以降の作品群を眺めると、両ドラマ枠のさまざまな模索・挑戦の足跡(そくせき)が垣間見えてきます。 自立した、今どきの「普通」の女性像自立した、今どきの「普通」の女性像 TBS火10ドラマとフジ月9との違いを挙げるとすれば、TBS火10のヒロインたちは最初からある程度“自立”している、という点。 その傾向が特に顕著に表れているのが、2020年の「わたナギ」。多部未華子さん演じる主人公は、キャリアウーマンのMRとして描かれていました。 そのほかの作品でもヒロインは、「逃げ恥」は家事代行サービス、「恋つづ」は看護師といった職業に就いており、以前のお仕事ドラマ的な要素も継承。そして彼女たちは恋愛に最も重きを置いているわけではありません。 唯一、「恋つづ」の佐倉七瀬(上白石萌音さん)は、ある出来事から出会った医師の天堂浬(佐藤健さん)に想いを伝えるべく看護師を目指しますが、仕事をしているときは患者さん最優先。看護師として成長するために、努力している姿も全話を通して描かれています。 何よりもTBS火曜ドラマのヒロインが魅力的なのは、いい意味で“普通”だということ。 仕事ができない、家事ができない、恋愛に不器用……といったように、自分の弱点を隠すことなく視聴者に見せます。月9ヒロインのように男性を翻弄する小悪魔的な要素や理想的な美女ではなく、どちらかといえば女性から好かれる女性、といったところでしょうか。 作品冒頭からヒロインのありのままを描き視聴者が共感したところで、天堂先生(恋つづ)や、大森南朋さん扮する家政婦のナギサさん(わたナギ)のように、ヒロインを肯定してくれる男性が現れる。そして、波乱の末にふたりが結ばれるという展開が、まだ1週間が始まったばかりの火曜日に疲れた女性視聴者を癒しているのではないでしょうか。 作中のセリフが投げかける社会問題作中のセリフが投げかける社会問題 作中の彼女たちが語るセリフも印象的。 「逃げ恥」では契約結婚していた主人公みくり(新垣結衣さん)が、相手の津崎平匡から雇用契約をなくす代わりにこれまでみくりに払っていた給料を生活費や貯蓄に回すという提案を受けたのに対し、「結婚すれば、私に給料を払わずに、ただで使えるから合理的。そういうことですよね。それは“好きの搾取”です!」と言い放つ場面も。 この名言は、家事や育児が当たり前とみなされ、給料はおろか褒め言葉すらもらえない主婦の現実を世間に突きつけました。 若い女性からも支持を集める、TBS火曜22時枠のドラマ。共感を呼ぶセリフが多いのも特徴(画像:写真AC) さらに「わたナギ」では、主人公のメイに仕事と家事の両立を求める母親に対し、ナギサさんが訴えたのは「できるところだけじゃなくて、できないところも見てください」という言葉。 全部完璧である必要はなく、できないことは誰かに頼っていいのだと教えてくれるこのセリフは、ときに挫折を味わいながらも忙しく働く女性の心に刺さったはずです。 火10に限らず、近年TBSドラマの真骨頂は、視聴者に対して常に社会問題を投げかける作品を制作しているところ。放送後にはSNS上で議論百出するなど、ストーリー展開だけでなく社会的な関心をも引き付けている様子がうかがえいます。 「カネ恋」は2020年7月に亡くなった三浦春馬さんを追悼する言葉があふれていただけではなく、お金の大切さについても改めて考えさせられる物語でした。 一方、フジドラマのヒロインたちも時代とともに変化を見せています。 時代とともに変化するヒロイン像時代とともに変化するヒロイン像 印象的だったのは、2020年春に動画配信サービス「FOD」で配信された現代版の東ラブ。 主人公の“赤名リカ像”は、1991年版とは全く異なる描かれ方をしていました。恋人の完治に相談せずに仕事を辞めて海外行きを決めるなど、自立した女性としてアップデートされているのです。 ひと口に恋愛ドラマといっても時代に合わせて変化していくその描かれ方。 その中でとりわけTBS火10ドラマが支持される理由は、ヒロインの恋愛模様に癒されながらも現代に生きる女性の心の声を代弁してくれる展開が、視聴者の共感を呼んでいるからなのかもしれません。
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