さすらいのラーメン職人 74歳いまだ現役「がんこ総本家」店主が語るエンタメラーメン道とは【連載】ラーメンは読み物。(6)
雨後のタケノコのごとく生まれ、そして消えてゆく都内のラーメン店。そんな激しい競争を勝ち抜いた名店を支える知られざる「エネルギー」「人間力」をフードライターの小野員裕さんが描きます。店主はラーメン界随一の人気者 四谷三丁目駅近くの杉大門通りに、行列の絶えないラーメン屋「一条流がんこラーメン総本家」(新宿区舟町)があります。店頭には同店のトレードマークである、少々グロテスクな牛の大腿(だいたい)骨と頭骨がぶら下がっています。 かつて総本家が西早稲田にあったころ、店主の一条安雪さんはラーメンの塩辛さに絶句する客を見て、 「悪魔ラーメンは塩っぱいだろう。ハッハッハ」 と高笑い。客の反応を逆手に取るパフォーマーとしての一端を、当時の私(小野員裕、フードライター)は目撃しました。 一条流がんこラーメン総本家 の「上品ラーメン」(画像:小野員裕) しかしそんなラーメンの味わいには、病みつきになる不思議な魅力が潜んでいます。また、一条さんはラーメン界随一の人気者として ・カリスマ的風貌 ・おしゃべりの楽しさ が愛され、常連客からは「家元」と呼ばれています。 ラーメン稼業のスタートは札幌の屋台 2021年で74歳になる一条さん。一条流がんこラーメン総本家の歴史は長く、そして複雑です。 一条流がんこラーメン総本家の店主・一条安雪さん(画像:小野員裕) かつて、一条さんは東洋医学の教育機関・東京呉竹学園(新宿区四谷)ではり・きゅうマッサージの資格を取得し、横須賀の浴場でマッサージ師として3年ほど働いていました。そのころ、趣味で夜な夜なラーメン・ギョーザ作りに没頭。仲間内にふるまい、評判を呼んでいました。ここで現在のラーメンの原型となる8割が作られたと、一条さんは後に語っています。 その後、27歳のときに、札幌の円山公園駅近くにある円山墓地の駐車場で、ハイエースを改造した屋台のラーメン屋を初めて開業します。およそ1年で店を閉め上京。大正製薬(豊島区高田)の向かいでラーメン店を開業、3年半ほど運営しました。 その後、京成線「青砥駅」(葛飾区青戸)の近くで2年、新宿区内藤町で2年、そして西早稲田で3年と、移動を繰り返しました。なお私は、西早稲田時代に一条さんと知り合いました。 さらに都電荒川線「早稲田駅」の近くで2年、静岡県浜松市のテーマパーク「浜松べんがら横丁」で1年、池袋東口で2年、神保町で2年――そして四谷三丁目駅近くの杉大門通りに落ち着き、内藤町時代に知り合った後藤さんとふたりで現在は店を切り盛りしています。ここは開店から10年余り。なんという変遷でしょうか……。 一条さんは、 「もうこの店が最終になるだろうな」 と語ります。 ちなみに「がんこ」の屋号は、店が大正製薬の向かいにあったときに付けられました。なぜなら、店名がないと保健所などの申請ができないからです。常連客からは屋号の候補として ・偏屈 ・気まぐれ ・頑固(がんこ) の三つが挙がり、最終的に「がんこ」が採用されました。 塩ダレに使うのは精製塩塩ダレに使うのは精製塩 スープは牛骨、豚、鶏ガラから。スペシャルスープのときは、鶏ガラを丸鶏に変更します。時間差でかつお節、煮干し、昆布、イカのトンビ(くちばし)を。香味野菜はニンニク、ショウガ、長ネギ、リンゴで、うま味をゆっくりと抽出します。塩ダレは、精製塩、白ワイン、みりん、かつお節と昆布。醤油の場合は赤ワインにみりん、かつお節と昆布となっています。 一般的な塩ダレは岩塩や海水塩を使いますが、がんこではなぜか精製塩を使っています。 「昔ね『こだわりの塩ラーメン特集』って番組でテレビ局が取材にきて来たのよ。うちの塩ラーメンも評判だったからね。『店で使っている塩を見せてください』って言うからさ、普通の精製塩を出したら『えっ、これ使ってるんですか?』って、早々に撮影を切り上げて帰っちゃったよ、ハッハッハ」 と一条さん。 「いろいろな塩を試したんだよ。結論として岩塩や海水塩などに含まれているニガリやミネラル分は俺のラーメンを邪魔するんだな。だから普通の塩に変えたのよ」 と実に正直に店の秘密を話してくれます。 一条流がんこラーメン総本家の外観(画像:小野員裕) 黄色くやや硬質な中細縮麺はサッポロめんフーズ(練馬区富士見台)のものを使用しています。メニューは「上品ラーメン」の塩と醤油。「雪ラーメン」は濃い口の醤油味と2種類ありますが、塩辛いダブル醤油の「悪魔ラーメン」は食べる自信のある人にしか提供しません。また土、日限定のスペシャルラーメンも提供しています。 上品ラーメンは塩、醤油とも雑味のない清湯(ちんたん。沸騰させずにゆっくりとうま味を抽出した濁りのないスープ)で潔い鮮明な味わい。雪ラーメンは濃い口醤油で力強く、悪魔ラーメンはダブル醤油のガツンと胃袋に染み渡る塩辛いラーメンです。どのラーメンも病みつきになる魅力があります。 西早稲田時代は、「悪魔ラーメン」のイベントが毎週金曜日に開催され、甲殻類やフルーツバット(食用コウモリ)、干しアワビといったさまざまな食材でスープを作り、その度に200人ほどの行列ができました。 「店舗のオーナーが『こんなに人が並んで今日は割引でもしてるんですか?』って言われたからさ、いえいえ1杯2000円ですって言ったら、『あらまぁ』って絶句していたな」 と昔の記憶をたどりながら笑う一条さん。私もこの悪魔ラーメンにはよく並んだものです。 店が朝早くから営業しているワケ店が朝早くから営業しているワケ 一条さんのブログでは現在も、当時の悪魔ラーメンを模した土日限定のスペシャルラーメンを告知しています。いつもの行列は20人ほどですが、当日は行列が倍に膨れ上がります。 スープに使われる食材は ・セイコガニ ・毛ガニ ・ズワイガニ ・カキ ・赤貝 ・ホタテの貝柱 ・フジツボ ・アワビ ・アンコウ ・アン肝 ・酒かす などで、思いもつかないダシを取り、また具材としてトッピング。ラーメンフリークを常に楽しませています。 店内のBGMは昭和歌謡がメインですが、ときには一条さん自ら録音した昭和歌謡が店内に流れ、そのパフォーマンスも味わい深いです。 一条流がんこラーメン総本家 の「雪ラーメン」(画像:小野員裕) 長い歴史のなかでお弟子さんも多く、のれん分け店はかつて二十数件ありましたが、廃業やご主人が亡くなられて、現在は10軒ほどとなっています。 。 店の営業時間は、平日10時から14時まで。土日は9時から13時まで。なぜ早い時間から営業しているのか尋ねると 「早く終わりたいからだよ」 と至って単純。 ラーメンフリークを長らく魅了する一条さんのラーメン。そのカリスマ的キャラクターも含めて、私たちの舌と心をいつまでも楽しませてくれることを願っています。
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