【日本橋】名建築の屋上庭園にゾウが住んでいた!?レトロデパートに遺されたシンボルをひもとく

名建築が立ち並ぶエリア、日本橋。京都創業の老舗デパート高島屋の日本橋店があります。重要文化財となったこの建物の屋上に潜む意外な過去について、都市商業研究所の若杉優貴さんが解説します。


都内のレトロデパートは三越や伊勢丹だけじゃない!

 以前の記事では、近い将来の再開発やリニューアルが検討されている「日本橋三越本店」と「伊勢丹新宿店」の館内にあるレトロ映えスポットを1つずつ紹介しました。

 今回は、この2店に負けないくらい素敵な外観を持つ老舗デパートで、その店だけにしかない「個性的なレトロスポット」を紹介したいと思います。

シンボル像…ではなく象だった!高島屋屋上にある「高子の形をした塔屋」

 日本橋三越本店は吹き抜けにシンボル像『天女(まごころ)像』があることで有名ですが、像ではなく「象」がシンボルとなっていた百貨店もありました。

 それは三越と同様に日本橋の老舗の1つとして知られる「日本橋高島屋」。日本橋高島屋は1831(天保2)年に京都で創業した呉服店「高島屋」の支店として1890(明治23)年に開店したもので、東京メトロ日本橋駅に直結する現在の本館の建物は1933(昭和8)年に完成、当初より全館冷房が設置されていたことは大きな話題を集めたといいます。

日本橋高島屋S.C.(ショッピングセンター)。右側の本館は1933年築、高橋貞太郎設計(のち村野藤吾改修)。左奥は2018年に開業したばかりの新館。(画像:若杉優貴)



 アールデコ調の美しい印象的な外観は開業当時とは変わらないものの、戦後にも増築がおこなわれたほか、近年では2018(平成30)年にも新館・東館が開業し「ポケモンセンター」が新たに出店するなど幅広い世代が楽しめる「日本橋高島屋S.C.(ショッピングセンター)」へとリニューアル。常に時代の先端を行く百貨店としても知られます。

毎年6月にはエントランスに山王祭の御神輿が飾られます。(2022年6月撮影:若杉優貴)

 日本橋高島屋本館の建物には和洋折衷の装飾や荘厳な吹き抜け、レトロなエレベーターなど数多くの見どころがありますが、あえてここで紹介したいレトロスポットは屋上庭園にある1954(昭和29)年に造られた「象(高子)の形をした塔屋」です。

 第二次大戦後、高島屋は子供たちを元気づけようと1950(昭和25)年にタイ王国からメスの子象を購入し「高子」と命名。新橋から中央通りをパレードしながらやってきた高子はクレーンで屋上に上がり、そのまま屋上で飼育されることとなりました。屋上遊園地で数々の芸を披露したり、名前を呼ぶと返事をすることで一躍人気者となった高子でしたが、1954年に上野動物園に「お嫁入り」。1958(昭和33)年からは多摩動物園に移動し、1990(平成2)年に一生を終えました。

 この「象(高子)の形をした塔屋」は、高子が上野動物園に嫁入りした際に高子をしのんで造られたもので、そのデザインには名建築家の村野藤吾氏が関わったといいます。

 ちなみに、店員さんに伺ったところ「高子」の内部は機械室になっているそう。その横にはかつて高島屋が増築される前にこの地にあった「笠森稲荷大明神」が屋上神社として祀られています。
とくに説明板などがある訳ではありませんが、戦後「平和の象徴」となった高子は、重要文化財となった建物の屋上で、現在も買い物客たちを見守り続けているのです。

60年以上前から屋上を見守り続けている「象(高子)の形をした塔屋」。かつてここで象が飼われていたとは…。(画像:若杉優貴)

遊園地、空襲、スカイツリー…全てを見た階段――松屋浅草

 「レトロな外観のデパート」といえば高島屋など日本橋のデパートが思い出されるかもしれませんが、浅草にもそれに負けないほど堂々たる外観の「浅草松屋/エキミセ」があります。

 この浅草松屋はもともと1931(昭和6)年に東武鉄道が業平橋駅(2012年にとうきょうスカイツリー駅に改称)-浅草雷門駅間(1945年に浅草駅に改称)を開通させたのと同年、浅草雷門駅ビルの核テナントとして開業したもので、築91年を迎えます。

 アールデコスタイルの建物の外壁には巨大な街頭ビジョンも設置されており、汚れも少なくとても「91歳のビル」には見えませんが、それもそのはず。この外装は2012(平成24)年に東京スカイツリーの開業に合わせて高層階が専門店街「エキミセ」となった際に復原されたもので、それまでは1974(昭和49)年ごろの改装により、大部分がアルミのパネルで覆われていました。この建物がかなり古いものだということは長年都内に在住している人にとっては当たり前の話かもしれませんが、まだ美しい外壁に「ABC-MART」「セリア」「ノジマ」など大手チェーンのテナント看板が並ぶ様子、そして戦前に建てられたとは思えないほどの「ビルの大きさ」を見て「浅草の町並みに合わせて新しく建てられたレトロ風の建物」だと思う人が居るのも無理はないかもしれません。

松屋浅草/エキミセ。1931年築、設計は南海難波駅、近鉄宇治山田駅なども手掛けた久野節。この規模の駅ビルが戦前に建てられたというのだから驚き。(画像:若杉優貴)

 美しく復原された「古くて新しい外装」もさることながら、館内で最もレトロな雰囲気が感じられるのが階段室。階段は豪華な装飾があるわけではないものの重厚な雰囲気で、手摺りには至る所に印象的な雲形の装飾が取り付けられています。

 歴史学者で元・鉄道史学会会長の原田勝正氏は編著書『東京・横浜・千葉・名古屋の私鉄』(小学館)のなかで、この独特な手すりの装飾を「東武の浅草雷門駅のシンボルのような意味をもつもの」としており、また東京大空襲で浅草の町が灰燼(かいじん)に帰した直後に訪れた際には「かつての明るさなど吹き飛んでしまったようなこの駅で階段は変っていないようだった。(中略)これがある限り、この駅は生きているんだ。」と元気づけられたといいます。

90年間ずっと変わらないという階段室。雲のようにも見える不思議なかたちの装飾が印象的です。(画像:若杉優貴)

 この階段を昇りきると辿り着くのが、浅草の町が一望できる屋上「浅草ハレテラス」。

 この屋上にはかつて日本初の屋上遊園地「スポーツランド」がありましたが、現在は夏にランチバーベキューガーデン/ビアガーデンが開催されることでも知られるほか、スカイツリーと一緒に写真に写ることができる「映えスポット」としても話題となっています。

 誰もが無料で入ることができる屋上展望台から間近にスカイツリー全体を一望できる場所は「松屋浅草/エキミセ」や「アルカキット錦糸町(旧・錦糸町そごう)」などごくわずかであり、かなり貴重な存在。浅草の町並みになじむレトロな階段室を抜けてスカイツリーを眺めることで、ちょっとした「タイムスリップ気分」を味わってみては。

レトロな階段室を抜けるとそこにはスカイツリー。ここからならスカイツリーの足元まで眺めることができます。(画像:若杉優貴)

 今回は、そのデパートだけにしかない! という個性的なレトロスポットを紹介しました。

 少し遠出がしづらい昨今ではありますが、そういう時だからこそ近場のデパートに出かけて自分の「お気に入りスポット」を探してみてはどうでしょうか。

 建物が100年残り続けることも少なくない百貨店。もし運が良ければ、その場所が「町の姿が変わろうとも昔を思い出させてくれる場所」として末永く残り続けてくれるかもしれません。

参考:
・宮脇俊三・原田勝正 編著(1993年)『東京・横浜・千葉・名古屋の私鉄』小学館
・三越 編(1990年)『三越85年の記録』株式会社三越
・高島屋史料館


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