食肉利用はわずか9%! 近年人気の「ジビエ」の行方とは【連載】アタマで食べる東京フード(21)

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食肉利用はわずか9%! 近年人気の「ジビエ」の行方とは【連載】アタマで食べる東京フード(21)

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畑中三応子

食文化研究家・料理編集者

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近年人気の「ジビエ」ですが、食肉利用はわずか9%。今後の展望について食文化研究家の畑中三応子さんが解説します。

食肉利用はわずか9%

 人間界では少子高齢化で人口減少しているのとは逆に、自然界では野生動物が増え続けています。クマが人里に出没して人間を襲うとニュースになりますが、シカやイノシシが田畑を荒らすのはもう日常茶飯事。あまり報道されませんが、2020年度における野生動物が農産物に与えた被害金額は約161億円と莫大(ばくだい)な額です。

 せっかく育てた野菜や穀物が、野生動物に食べられてしまって農業者の意欲が減退するなど、数字に表れる以上に影響は深刻。温暖化でこれまでいなかった地域でも繁殖するようになり、生息域が広がるなどの複合的な要因でこの30年、シカの個体数は10倍以上、イノシシは3倍以上に増えました。シカの食害による森林破壊をはじめ、自然環境に与える影響も小さくありません。

 現在、被害を食い止めるため、シカとイノシシの捕獲が推進されています。農林水産省によると、20年度に捕獲されたシカは約67万頭、イノシシは約68万頭。シカとイノシシの肉は「ジビエ」として人気を博す高級食材ですが、実際に活用されたのはそのうちシカが約9万頭、イノシシは約3万頭。全体でいうと食肉利用されたのはわずか9%でしかなく、残りの91%は土に埋めたり焼却したりと、廃棄処分されているのが実態です。

 奪った命を捨てるのはあまりにもったいないし、動物福祉や食品ロスの観点から考えても大問題。そこでジビエ肉をもっと一般に普及させようと、さまざまな取り組みが進められています。

第6回ジビエ料理コンテストで農林水産大臣賞を受賞した「柔らかく仕上げたシカ肉のロースト 色とりどりの野菜添え 芋煮の季節を感じて」(画像:日本ジビエ振興協会)



 そのひとつが、「ジビエ料理コンテスト」です。農林水産省の鳥獣利活用推進支援事業の一環として日本ジビエ振興協会が主催しているイベントで、21年が第6回の開催。筆者は審査員として参加し、12月に実食審査を行って各賞が決まりました。

 コンテストのテーマは「国産のシカ・イノシシを使い、多くの人に安全でおいしく提供できる料理」。和洋中エスニックのジャンルは問いません。プロ、アマ、年齢にかかわらず、だれもが応募できる開かれたコンテストです。

江戸でも食べられていた野生動物

 審査対象になったのは、応募総数218点から書類審査で絞った20レシピ。ドリアやカレーなど家庭的な総菜もあれば、サンドイッチやラップロール、高級レストランで出すような洗練されたフレンチやイタリアンもあると、多様性に富んだレシピぞろいでした。

 最高賞の農林水産大臣賞に輝いたのは、宮城県の専門学校生、松浦祐未惠(ゆみえ)さんの「柔らかく仕上げたシカ肉のロースト 色とりどりの野菜添え 芋煮の季節を感じて」。仙台みそと塩麹でマリネして低温ローストした肉が非常に柔らかく、東北地方の秋の郷土料理である芋煮の野菜で地産地消と季節感を豊かに表現。味もコンセプトも素晴らしい作品でした。

実食審査で試食用に供されたミニサイズの「鹿の内もも肉のすき焼きボール」。すき焼き風味のソースは、芳醇(ほうじゅん)な香りと甘みを持つポルト酒が隠し味(画像:畑中三応子)



 個人的に強い印象を残したのが、「鹿の内もも肉のすき焼きボール」です。シイタケ、春菊、白菜、白滝といったザク(鍋料理で肉と一緒に煮る野菜類のこと)を薄切り肉でボール形になるよう包み、ゆっくりと低温調理で火を入れ、やはり低温調理した卵黄をのせ、すき焼き風味のソースをかけたもの。埼玉県在住の料理人、中西祐輔さん考案のこの作品は、一般社団法人日本ジビエ振興協会代表理事賞を受けました。

 一見すると洗練されたフランス料理ですが、食べるとなじみの深い味がして驚きの要素も満点。和洋折衷のバランスが絶妙で、すき焼きからアレンジしたことに着眼点のよさを感じました。というのは、すき焼きの先祖は、江戸時代に作られていたジビエの鍋料理だからです。

 江戸時代は肉食が禁じられていましたが、「薬食い」と称してひそかに野生動物の肉がたしなまれていました。町人文化が栄えた江戸後期の19世紀からは、「ももんじ屋」「けだもの屋」と呼ばれる獣肉店でジビエ鍋を食べることが流行しました。当時はサルやカモシカ、イタチなど、さまざまなジビエ肉が食べられましたが、もっとも人気が高かったのが「紅葉」の別名で呼ばれたシカと、「牡丹(ぼたん)」「山鯨」の別名で呼ばれたイノシシでした。

 時代が明治にかわると、肉食が解禁されました。するとジビエのかわりに牛肉を使った「牛鍋」が大ブームを巻き起こし、やがて牛鍋が変化して全国的に作られるようになったのが、すき焼き。1本の糸でつながったシカ肉とすき焼きが最高の相性であることは、歴史が証明しています。

江戸の食文化を感じるジビエも

 シカ肉のすき焼きがお得なランチで一年中食べられるのが、渋谷パルコ地下の「月とサーカス」。野生鳥獣と昆虫料理が専門というユニークな店で、シカ肉、野菜ともたっぷり入り、小鉢がつく定食を11時から17時まで提供しています。

渋谷パルコ地下のレストランフロアにあるジビエと昆虫料理の店「月とサーカス」の鹿すき焼き定食1300円。左の小鉢はワニの舌の薫製、右がイナゴのつくだ煮と、副菜も凝っている(画像:畑中三応子)



 ほかに国産ジビエを使った昼のすき焼き定食は、イノシシ、アナグマ、アライグマ、タヌキ、クマと種類豊富ですが、シカ肉がもっとも食べやすく、しかもリーズナブル。

 高タンパク・高鉄分・低脂肪のヘルシーミートで、味と香りに癖がなく、上品にして繊細。そうしたシカ肉の持ち味を生かすのに、すき焼きはうってつけの料理であり、江戸の食文化が感じられるのも魅力です。

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