巨大マグロメンチから塩うどんまで。週末に1万人が訪れる、砂町「お総菜天国」の秘密

2018年9月19日

知る!TOKYO
ULM編集部

デパ地下もびっくりの「おかず天国」が江東区にあります。その名も砂町銀座商店街。駅から離れた立地にもかかわらず人気なのはなぜでしょうか。歴史も交えて取材しました。


約30軒もの店でお総菜が買える

 料理をする時間がないときや、おかずの品数を増やしたいときに役立つお総菜。食品スーパーやデパ地下、コンビニに並べられたお総菜は、見るだけでも楽しいですよね。そのようなお総菜好きの人にとってたまらない商店街が江東区北砂にあるのをご存知でしょうか?

砂町銀座商店街東口のアーチ看板(2018年7月22日、ULM編集部撮影)

 その名は「砂町銀座商店街」。明治通りと丸八通りのあいだを東西に走る全長670mの商店街で、通りに並ぶ約170軒の店舗のうち約30軒がお総菜を売っています。

買い物客で賑わう砂町銀座商店街の様子(2018年7月22日、ULM編集部撮影)

 最寄り駅は、都営新宿線・西大島駅や東京メトロ東西線・南砂町駅ですが、どちらの駅からも2km以上離れているため、西大島駅や錦糸町駅、あるいは東西線・東陽町駅、JR総武線・亀戸駅から都バスを使って行くのが便利です。「北砂二丁目」というバス停で下車しましょう。

砂町銀座商店街のマップ。商店街は2つのエリアに分かれている(画像:砂町銀座商店街)

 アクセスに恵まれているとはいえない環境ですが、週末ともなると1日約1万人が訪れるほどの人気で、しかもその3分の2は砂町エリア以外からの買い物客とのこと。そのような砂町銀座商店街では、いったいどのようなお総菜を売っているのでしょうか。商店街の成り立ちもふまえてご紹介します。

手前が東口エリア。道路を挟んだ向こう側が西口エリア。道幅が狭くなっている(2018年7月22日、ULM編集部撮影)

 砂町銀座商店街振興組合の副理事長で、ご自身も酒販店「伊勢信」を営む沼田正史さん(75歳)によると、同商店街ができたのは1930(昭和5)年だといいます。当時は28人の店主たちでスタート。店舗数が急増したのは、1950(同25)年から1955(同30)年にかけてで、1963(同38)年ごろには、ほぼ現在のような店舗構成になったといいます。

昭和20年代から発展、近年はデート客や観光客も増加

 商店街周辺は当時、金属加工やほうき製造などの町工場や、運送業などの零細企業が密集していました。共働き世帯が多かったこともあり、調理を必要としないお総菜を売る店が増えたといいます。昭和30年代には全店舗の約3分の2がお総菜に関連する店舗だったそうで、「おかず横丁」「横(丁)のデパート」いう愛称で呼ばれていたとのこと。

揚げ物や焼き物が充実した商店街の総菜店(2018年7月22日、ULM編集部撮影)

 当時は「『日本橋の奥の方』や『両国の先の方』」(沼田さん)といった、半径4キロ圏内から多くの人たちが都電と都バスを使って同商店街を訪れていたそうです。昭和50年代に入ると、マンション建設などが進み、周辺人口が増加。住宅地化が進んだことで、さまざまな業態の店舗が増えたといいます。

 砂町銀座商店街には現在、平日4000人、週末1万人が訪れており、客層は50代以上が90%とかなり高め。しかし近年、インターネットやテレビ番組の影響で、若いカップルや外国人観光客の数が増えているそうで、特にこの2~3年の週末は、買ったお総菜をその場で食べる「食べ歩き」がよく見られるようになったといいます。

砂町銀座商店街のマップ詳細。画像上が西口エリア、下が東口エリア(画像:砂町銀座商店街)

 商店街で販売しているお総菜は、コロッケやトンカツといった揚げ物から焼き鳥、煮物やサラダ、豆腐など多種多様で、少量から買うことができます。また、全般的に価格が安いのも大きな特徴です。その理由について、沼田さんは以下のように話します。

「この商店街の総菜店は手作りの店が多く、似た種類の総菜を売っていても、店ごとに味付けがまったく違います。そのため、店それぞれにファンが付いており、一定量を売ることができる。また、その日のうちに商品を売り切ろうとする店が多く、食品ロスも少ない。そのため、安価で売っても利益を確保できるのです。私個人の感覚では、他の商店街より、1~2割は安いと思いますよ」(沼田さん)

 そんな砂町銀座商店街のなかで、お総菜好きに人気の4軒に話を聞きました。

「孤独のグルメ」に登場した一品も


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