バンクシーはなぜ人を熱狂させるのか? 江戸の盗賊「鼠小僧」とルパン三世を例に考える

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バンクシーはなぜ人を熱狂させるのか? 江戸の盗賊「鼠小僧」とルパン三世を例に考える

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清水麻帆

文教大学国際学部准教授

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反骨精神あふれる作風とベールに包まれた人物像で人気の画家・バンクシー。そんなバンクシーと日本でおなじみのキャラクターにはある共通点があると言います。文教大学国際学部准教授の清水麻帆さんが解説します。

あなたはバンクシーを知っているか

 皆さんは、バンクシーという画家をご存じでしょうか。

 東京の日の出駅(港区海岸)付近の防潮堤で2018年末、バンクシーのものらしき絵が発見され、その後、小池百合子都知事により期間限定で都庁のロビーで展示され、話題になりました。

 バンクシーは屋外に絵を描くジャンルのアートで知られ、競売大手サザビーズでも数億円で取引される現代アーティストです。

 そのサザビーズで、2018年に約1億5000万円で落札された「少女と風船」を半分シュレッダーにかけるという行為に至ったバンクシーですが、それさえもアート作品として落札金額で購入されました(CNN)。

 この作品は、前代未聞のオークション中に制作された作品として、今後さらにその値を高くしていくのかもしれません。

謎の多いアーティスト

 バンクシーのアートジャンルはステンシル・グラフィティ、もしくはステンシルアートといわれるもの。ステンシル型紙(あらかじめ絵柄を切り抜いた型版)を使って、それにスプレーをすることで、絵が浮かび上がるグラフィティの一種です。

 グラフィティとはスプレーやフェルトペンで壁に描かれたもので、バンクシーの絵も世界中の公共空間の壁で発見されています。

バンクシーの作品(画像:アカツキライブエンターテインメント)



 最近の活動では、現在コロナ渦で外出できないバンクシーがロンドンの地下鉄に描いている様子を自分のSNSでアップしていましたが、それを知らない清掃員が次の日にそれをきれいに消したことが話題になりました(BBC)。

 こうした公共空間の壁に落書きをしている行為は、国や地域によっては犯罪とみなされ、罰金や逮捕される可能性があるため、バンクシーは姿の見えないアーティストでもあり、明るみにはでてきません。

 他のグラフィティ・アーティストも通常、素性などは明かしません。そのため、バンクシーの場合も彼の活動を支えている彼の家族やチームバンクシーしか知らない謎の多いアーティストで、諸説ありますが、誰がバンクシーであるのかはっきりしていません。

落書きからアートへと昇華

 ただ、こうしたグラフィティは単なる落書きではなく美術性を高め、アートとして見なされているものも多く存在しています。

 アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコ市では、低所得者が多く住む、あまり治安がいいとはいえないミッション地区の街(壁)一面に描かれたグラフィティが人気となりました。

 以前では考えられないことですが、観光客がこれを目当てにこの地区を訪れるようになっています。そうしたなかで、バンクシーはグラフィティ界を代表する世界的に著名なアーティストのひとりです。

バンクシーは一般人から支持されるワケ

 では、なぜバンクシーは支持されているのでしょうか。

バンクシーの作品。2020年8月撮影(画像:清水麻帆)



 先述の通り、公共物への落書きはほとんどの国で違法とみなされます。しかしすでに市民の支持により、バンクシーが描いた壁の絵を保存している場所がいくつも存在しています。

 例えば、彼の生まれ故郷であるイギリスのブリストルにある小学校です。

 新しい校内の建物の名称を地元の英雄にちなんだものにする際、それを子どもたちが決めることとなり、バンクシーと名付けることになりました。学校側は、バンクシーに手紙を送ったところ、後日、お礼の手紙とともに学校の壁に絵が描かれていたといいます。学校の壁はまさに公共物ですが、これを保存することになったのです(ハフィントンポスト)。

 この出来事からも、バンクシーは地元の人たちから愛されていることがわかります。

 また、バンクシーは社会貢献も行っています。

 ブリストルにある120年の歴史を持つユースクラブ(青少年を支援する団体組織)の財政難をバンクシーが絵を寄贈することで救ったことがあります。その作品は40万3000ポンドで売却され、同クラブは活動を存続することができ、現在はスポーツや芸術の分野にも支援活動を広げて活動しています(AFP bb News)。

 ほかにも、コロナ渦のなか、最前線で戦っている医療従事者への感謝を表現した絵がイギリスのサウサンプトン病院に送られています(BBC)。

 直近では、ボートで欧州を目指す難民を救助す支援団体に対して船を寄付しました。すでにこのボートは救助活動を行っており、そのことは2020年8月30日のニュースで報道されました(CNN)。

バンクシー、鼠小僧、ルパン三世をつなぐもの

 バンクシーは政治に批判的なメッセージ性が強いため、それらがよく強調されがちです。しかし多くの支持を集めているのは、彼のメッセージの根底に、社会的弱者や社会のために戦っている人に対する優しさや感謝があるように感じられるからではないでしょうか。

 そして、そうした行為に共感している人たちが多いと言えます。もし、単なる落書きなら、落書きをされた地域の住民から警察に通報されているでしょう。こうした点は、日本の「鼠(ねずみ)小僧」やルパン三世にも共通して見られることです。

 鼠小僧は、江戸時代後期に実在した泥棒です。

2代目歌川豊国画『鼠小紋東君新形』(画像:早稲田大学)



 大名屋敷に盗みに入り、貧しい人たちにお金を配っていた人物です。その行為は、少なからず庶民には支持されていました。

 鼠小僧の本名は次郎吉といい、最期は捕まり、現在の東京・荒川区南千住の小塚原刑場で処刑をされています。その刑場は現在の延命寺(荒川区南千住)内に位置し、明治初期まで実在した三大刑場のひとつでもありました。現在は、区指定の有形文化財に指定されています。

 鼠小僧の墓は全国に数か所あり、母親が建てたとされる墓や恩義を受けた人たちが建てた墓があるそうです。その墓のひとつは、両国の回向院(墨田区両国)にあります。ちなみに、ここは、同寺境内で勧進相撲が行われていたことから、大相撲の起源の場所でもあります。

金運アップから合格祈願まで幅広い来訪者

 この回向院には、多くの人が鼠小僧のご利益にあやかろうと参拝に訪れます。しかも、参拝者は墓石を削って持ち帰るのです。

両国の回向院の鼠小僧の墓(画像:回向院)

 実際に墓石自体を削るのではなく、お墓を守るためにある「お前立て」というお墓の前にある石を削ることができ、それを持ち帰れます。

 鼠小僧の墓石を持ち帰ることで、運がつく、運が回ってくるということがまことしやかに伝えられているのです。そのため、「賭け事に勝つ」や金運向上などの目的で訪れる人が多いといいます。

 また、もうすぐ大学受験シーズンに突入しますが、難なく大名屋敷に盗みに入っていた鼠小僧にあやかり、(大学に)たやすく入れるという意味で合格祈願でも多くの人が訪れています。

歌舞伎にもなっている鼠小僧

 また、鼠小僧は現在まで創作され、語り継がれています。

 処刑された25年後には、歌舞伎の演目『鼠小紋東君新形(ねずみこもん はるの しんがた)』で鼠小僧が演じられ、その後も現在まで、歌舞伎はもとより、小説や映画、テレビドラマ、漫画やアニメ、舞台などで創作され続けています。

 また、後述するアニメ『ルパン三世』とも、テレビシリーズ「怪盗鼠小僧現わる」の中で、四代目鼠小僧次郎吉とルパン三世が共演。祖先である鼠小僧とアルセーヌ・ルパンが第1回世界泥棒選手権で競ったという物語設定になっています。

 このように、鼠小僧は、世紀の大泥棒でありながら、今日まで慕われ、人気が高いことを示しているでしょう。

困っている人たちへの思いを持ってるか否か

 ルパン三世は漫画・アニメの架空人物で、泥棒にもかかわらず主人公で、バンクシーや鼠小僧と同様に、長年にわたり愛されているひとりです。その背景には、弱きを助け、悪を成敗するというストーリーが盗みを働く過程で必ずあることが挙げられます。

『ルパン三世 カリオストロの城』(画像:モンキー・パンチ、(C)TMSシネマ、サンシャイン)



 また、泥棒仲間の五右衛門や次元、毎回裏切る峰不二子を仲間として大切にしています。ルパン三世を追っている警察官である銭形警部との間でさえ、同士のような関係が築かれています。ルパンが死んだと思って泣くシーンや、ルパンが銭形警部を助けるというシーンも多々登場します。

 バンクシーと鼠小僧、ルパン三世の3人に共通するのは、一般市民や大衆からすれば、素性を明かすことのない、明るみに出てこられない人たちであるものの、私たちが共感できるものを有している点でしょう。それは、困っている人たちや弱いものに対する思いやりや救いの手を差し伸べているところです。

 多くの人が共感するということは、その人物や作品への支持は高くなります。その結果、人気も高まるということです。

 もちろん『ルパン三世』はアニメ・漫画ですので、ストーリーの質の高さ、バンクシーの作品であれば発想を含む表現の質の高さという点も支持される前提にはなりますが、人びとの深い部分にある共感を引き出すことこそが長年にわたり支持されている理由のひとつではないでしょうか。

日の出埠頭にもバンクシーが?

 バンクシーの絵ですが、先述の東京で発見されたものが、東京では日の出埠頭(ふとう)2号線客船待合所(港区海岸)にて無料で見ることができます。

日の出埠頭 2号線客船待合所の位置(画像:(C)Google)

 先月開業したばかりの商業施設「HI-NODE」などもあるので、コロナ渦中での気分転換に、日の出埠頭周辺を散策するのもいいかもしれません。

 なお現在はコロナ渦のため、2号船客新待合所が閉まっている場合がありますが、その場合はシーライン東京のスタッフに声がけをすると案内してくれます。行かれる場合は事前に確認をしたほうがよさそうです。

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