目指せ上野エリアの「回遊性アップ」 芸大生と地元旦那衆の異色コラボが生み出したものとは?

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目指せ上野エリアの「回遊性アップ」 芸大生と地元旦那衆の異色コラボが生み出したものとは?

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五十嵐泰正

筑波大学大学院准教授

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上野の山と街の「少ない回遊性」を解消すべく、上野周辺でさまざまな取り組みが行われています。そのひとつが「藝育会」です。いったいどのような会なのでしょうか。筑波大学大学院准教授の五十嵐泰正さんが解説します。

山と街の回遊性という長年の課題

 文化施設の集積と庶民的な活気あふれる「下町」が半径500mに同居する上野は、世界的に見てもまれなほど「異質さが同居する街」です。ただ、それぞれの方向性がバラバラで「キャラ渋滞」を起こしています。

「キャラ渋滞」は上野に長年、ひとつの大きな悩みの種を生み出していました。それは、上野の山と街の「回遊性の少なさ」です。

 2010年代後半の上野の山は、主要5施設(東京国立博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京都美術館、上野動物園)だけでも年間1200万人を超える膨大な入場者がありました。

 しかし長らく上野で言われていたのは、美術館や博物館に訪れる人とアメ横に来る人は「人種」が異なり、相互に行き来することが少ないということでした。

文化施設を訪れる人が街に回遊しないのが、上野の悩みの種(画像:五十嵐泰正)



 特に昭和40年代の公園口の拡張工事以降、上野の山へのアクセスは公園口からの往復が多数派になってしまい、美術館や博物館を見た後は、電車に乗って銀座などにランチやディナーへ、という行動が一般的になってしまったのです。

 事実、上野地区への来街者の流動状況データを見ると、公園口正面の上野文化会館あたりを通過した来街者は、大半が文化施設に囲まれた大噴水方面に向かいます。

 一方、アメ横センタービル近辺に来た人で、公園方面に出入りする人はかなり少なくなっています。いわば上野における人の流動が、「山は山」「街は街」で顕著に完結しており、休日はむしろそれが強まる傾向さえあります。

藝大という存在

 長年の宿願である山と街の回遊性向上のため、上野ではさまざまな企画が試みられてきました。

 街の老舗が集う「上野のれん会」では、企画展のチケットと飲食券を組み合わせたタイアップチケットを企画して好評を博していましたし、「上野商店街連合会」ではお買い物券などが当たる桜開花予想クイズが定着していました(コロナ禍の2020年は中止)。

東京藝術大学の1年生が本気で制作するアーティスティックなみこしが上野の街を練り歩く(画像:藝育会事務局)



 そんななかで注目したいのは、上野の街と山をつなぐキープレイヤーとしての藝(げい)大、すなわち東京藝術大学(台東区上野公園)とそこに集う若いアーティストたちの存在です。

藝大は謎に満ちた「最後の秘境」

 東京にある大学の中でも、藝大は多くの人にとって謎に満ちた存在でしたが、近年はちょっとしたブームになりました。

 火付け役となったのは、『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』(新潮社)でしょう。4年前にベストセラーとなり、その後、漫画化もされました。

2016年9月に出版された『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』(画像:新潮社)

 この本の中に登場する声楽科の青年は、King Gnuのボーカリストとしてデビューし、藝大出身バンドとして言わずと知れた大ヒットを飛ばしています。

上野に現代アートの息吹が吹き込まれる瞬間

 美術方面に目を向ければ、日々に空虚さを感じていた要領のいい高校生が、次第に美術に夢中になって藝大を目指す青春マンガ『ブルーピリオド』(講談社)が、2020年のマンガ大賞と講談社漫画賞をダブルで受けました。

 主人公の矢口八虎(やぐち やとら)はその後、超難関の美術学部絵画科油画専攻に見事現役合格し、悩みながら藝大生活をスタート。入学式後に早速、同級生や先輩とアメ横の中華料理屋でご飯を食べるシーンが出てきます。

 藝大は小規模なこともあり、学生街のイメージはほとんどありませんが、藝大生にとって最寄りの街は上野なのです。

 最近の『ブルーピリオド』の連載では、秋の藝祭(学園祭)に向けて、美術学部と音楽学部を学科ごとにシャッフルしたチームで、みこしや法被を作る夏休みが描かれました。

 上野公園でのみこしと法被隊のパフォーマンスには、例年地元の各商店街から賞が贈られ、上野の街に展示されたり、練り歩いたりします。

上野の旦那衆も祭りモードで藝祭みこしを迎える(画像:藝育会事務局)

 度肝を抜かれるアーティスティックなみこしや、オリジナルの法被と楽曲に合わせたパフォーマンスは、まさに日本が誇るアーティストの卵たちが、上野の山と街に現代アートの息吹を吹き込む瞬間といっていいでしょう。

 とはいえ、普段の上野の街にはどうしてもアートの匂いが薄く、国内外の美術の粋(すい)が集まる上野の山にさえ、現代アートを常設で展示する場が少ないのは残念なことです。

 そんな状況を変えるべく、少し面白い活動、藝を育むまち同好会、略して「藝育会」が2019年から始まりました。

藝を育むまち同好会、始動

 藝育会は、藝大の学生や院生、卒業生を中心とした若手アーティストたちと、上野や湯島、御徒町の旦那衆からなる「藝を育む人」たちが集まっている団体です。

 その中核的な活動は「シタマチ.アートギャラリー」です。

 シタマチ.アートギャラリーとは上野・湯島かいわいのお店にマッチしそうな作品を貸し出し、店内で展示・販売する仕組みで、年に何回か設定されている「シタマチ.アートフェス」の期間には、特に集中的に展開されます。

2019年4月に行われた、藝を育くむまち同好会・藝育会のキックオフイベント(画像:藝育会事務局提供)



 アーティストにとっては貴重な「自分の作品を売る機会」であり、お店にとっては少しとがった作品で店舗空間の空気感をアップグレードし、「SNS映え」からの拡散も期待できます。そして、上野の街にとっては、従来のやぼったいイメージを返上し、アートを身近な「地場産業」としてゆく格好の機会です。

 実際、藝育会の活動を通して作品の売買が多く成立しており、2019年4月のキックオフパーティーでは、なんと100万円を越える大作もポーンと成約しました。

 さらに面白いのは、藝育会でアーティストと旦那衆が集う飲み会が頻繁に開かれることです。会計はもちろん旦那衆が太っ腹なところを見せます。

 よその街ではなかなか交わることのない「人種」がこうして顔を合わせ、ざっくばらんな話でお互い刺激を受ける機会があるのは、上野の街で商い、学ぶことの大きな付加価値となるポテンシャルがあります。

 会の名前をアートではなく「藝」としているのは、狭義の美術だけでなく、

・宝石の街「御徒町」の工芸
・花街の伝統ある「湯島」の芸能
・近隣の「秋葉原」のテクノロジーアート

と、これからさらにさまざまな分野で活動するを「藝」人たちと、つながっていこうという意気込みが込められています。

 こうした積み重ねの結果、街と山が一体となった上野に近づいているのです。

8月18日から関連イベント開催

 藝育会では、来る8月18日(火)~25日(火)に、「ファッションのようにアートを買う」街を合言葉に、「上野の未来展」を上野マルイ(台東区上野)の1階で開催予定です。

先日、上野の中華料理店で開かれた藝育会の総会でも、多数の作品が展示・販売された(画像:五十嵐泰正)

 上野マルイでは、藝育会参加アーティストがデザインしたエコバッグやマスクなどのグッズも多数展開されます。なかなか遠出がしにくい夏ですが、都内にお越しの際は、要注目の若手アーティストの熱に触れに上野に立ち寄ってみませんか?

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