プロレス界の英雄「力道山」を思い、昭和の赤坂を歩く
2020年4月20日
お出かけ伝説のプロレスラー・力道山をしのび、サンポマスターの下関マグロさんが赤坂周辺を歩きました。
57年前の衝撃
1963(昭和38)年12月、朝刊を読んでいた母が「力道山が刺された」と教えてくれました。筆者が5歳ときのことです。
事件が起こった場所は、「ニューラテンクォーター」というナイトクラブ。力道山は当時とても有名なプロレスラーで、テレビ放送されていたプロレス番組ではいつもヒーローでした。ですから僕(下関マグロ。サンポマスター)はずいぶんと驚きました。
そして何日か後、再び朝刊を読んでいた母が「力道山が病院で亡くなった」と教えてくれたのです。あんなに強かった力道山も刃物にかなわなかったのかと悲しい気持ちになったのを覚えています。
今回インターネットなどで調べたら享年39歳だったそうで、そんなに若かったのかとちょっと驚きました。
地下一階にあったナイトクラブ
というわけで今回は、現在の港区赤坂を歩きながら、力道山がいた頃の昭和30年代の雰囲気を感じてみます。
散歩をスタートさせるのは外堀通りです。最寄り駅は東京メトロの溜池山王駅、赤坂見附駅、赤坂駅などになります。
外堀通りに高くそびえるのが、「プルデンシャルタワー」(千代田区永田町)です。ここにはかつて、「ホテルニュージャパン」が建っていました。

ホテルニュージャパンの地下一階にあったのが「ニューラテンクォーター」というナイトクラブで、1963年12月に力道山が刺された場所です。
ニューラテンクォーターは、国内外の有名歌手やミュージシャンがショーを行うお店でした。店は広く、テーブルが300、フロアにはホステスや従業員も多くいました。

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