『鬼滅の刃』大ブーム到来で注目すべきは「大正時代」と「浅草」だ

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『鬼滅の刃』大ブーム到来で注目すべきは「大正時代」と「浅草」だ

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増淵敏之

法政大学大学院政策創造研究科教授

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シリーズ累計発行部数が4000万部を突破した人気漫画『鬼滅の刃』。その舞台となる浅草の風景について、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。

累計発行部数が4000万部突破のモンスター作品

 皆さんは『鬼滅の刃』をご存じでしょうか?

『鬼滅の刃』は2016年から「週刊少年ジャンプ」で連載されている、漫画家・吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)が描く作品です。2020年1月28日(火)時点で、シリーズ累計発行部数が4000万部(電子版含む)を突破しました。

アニメ『鬼滅の刃』(画像:(C)吾峠呼世晴/集英社、アニプレックス、ufotable、Nアニメ)



「オリコン年間コミックランキング 2019」でも、期間内の売り上げが1205.8万部を記録。第1位となっています。

 アニメ作品も2019年の4月から9月までテレビ放送され、原作の第1巻から第7巻の冒頭までの物語で構成されています。

描かれる大正時代の浅草と吉原

 物語では、主人公の剣士・竈門炭治郎(かまど たんじろう)が、家族を殺した「鬼」と呼ばれる敵と戦ったり、鬼となった妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を探したりする様子が描かれています。

 ハードな描写が印象的ですが、むしろ筆者(増淵敏之。法政大学大学院教授)が興味を持ったのは、舞台となっている大正時代についてです。作中では当時の浅草や吉原などが描写されており、アニメの方が事実に幾分即した風景描写となっているように感じます。

吉原大門の交差点(画像:写真AC)

 東京に出てきて、夜の浅草へ足を踏み入れた炭治郎と禰豆子。農村地域で育った炭治郎はその眩(まばゆ)いばかりの浅草に驚きます。

 この時代の日本は明治維新によって文明開化へ向かい、和から洋への転換がなされていました。作品からわかるように、実際は和服姿が洋装よりも多いのですが、洋装も「大正モダニズム」のひとつの象徴として表現されていると考えられます。その後、次第に洋装が増えていき、「昭和モダン」へと至るのです。

時代の風俗に忠実な作品

『考現学入門』で知られる民俗学研究者の近和次郎(こん わじろう)の研究によると、大正末期から昭和初期にかけて、日本女性の衣服は洋装化が進んだといいます。1928(昭和3)年の調査では、和服86%に比べて、洋服は16%。『鬼滅の刃』の浅草の描写は、この時代の風俗に忠実と言えます。

『考現学入門』(画像:筑摩書房)



 ちなみに『るろうに剣心』の主人公は廃刀令(1876年)以降も帯刀しており、法令違反者として都市部で警察に詰問されています。

 『鬼滅の刃』の時代は『るろうに剣心』のさらに後。『鬼滅の刃』で鬼を退治するために結成された「鬼殺隊 (きさつたい)」は政府に許可を取っていないため、表立った行動には制限があったと考えられます。

にぎやかな仲見世も登場

 また『鬼滅の刃』の浅草には、多くの人々を引きつけてやまない仲見世(みせ)が登場します。仲見世は現在ほとんど残っていませんが、神社や仏閣の境内に商店が集まり、それが商店街の基礎になったと言われています。

 典型例として、神戸市の湊川神社と神戸新開地、栃木県宇都宮市の宇都宮二荒山神社(ふたあらやま)神社と馬場町通り商店街などがあります。京都市の伏見稲荷大社の参道商店街も同様です。

 世界中どこを見ても、参拝客を目当てに商店が立地するのは当然です。神社や仏閣だけでなく、教会の周辺にもバザールやマーケットが形成されました。

 作中の浅草六区には、演芸場や映画館、寄席などののぼりが林立する様子が描かれています。同エリアは2012年に最後の映画館5館が閉鎖され、「不夜城」とも言われたかつての面影はありません。

浅草六区の様子(画像:写真AC)

 しかし近年では、六区ブロードウェイ商店街振興組合を中心に「浅草六区再生プロジェクト」が設立され、複合商業施設の開業やオープンカフェ、イベントの実施などに着手。かつてのにぎわいを取り戻そうとしています。

時代設定は関東大震災以前か

さて『鬼滅の刃』の浅草には象徴的な建物「凌雲閣(りょううんかく)」の姿が描き込まれています。

 凌雲閣は、1890(明治23)年の完成。通称「浅草十二階」と呼ばれた12階建て・高さ52mの高層ビルで、展望台も設置されており、東京で有数の観光地であり、東京のランドマークでもありました。

 作中では、1947(昭和22)年まで存在した浅草公園に隣接してそびえ立っており、夜の闇に浮かび上がっている風景が印象的でした。

1919(大正8)年に発行された浅草周辺の地図。「凌雲閣」の名が確認できる(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)



 しかし、1923(大正12)年の関東大震災であっけなく崩壊。このことからも、『鬼滅の刃』の時代設定は関東大震災以前と推定されます。

近代化の質と方向が変わった大正時代

 大正時代は、「大正デモクラシー」と呼ばれる時代でもありました。現代の戦後民主主義の基盤になったという意見を持つ人がいるように、政治のみならず、社会・文化にも大きな変革のあった時代でした。

 哲学者の鷲田清一は、2018年の編著書『大正 = 歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る』(講談社)で、明治に始まった近代化はこの大正時代にその「質と方向」を変え、いろいろな可能性をはらみながら現代への起点となったのではないかと指摘しています。

 大正時代はサラリーマン(俸給労働者)の登場、工業の隆盛、商業の発展などの理由により、東京には就業の機会を求めて、地方から人々が集まってきました。

 女性も職業婦人として、家庭から外に出て行くようになります。肥大化した東京では新たな人々が生まれ、鷲田氏が述べるように、明治時代とはその質と方向を変え、独自の都市文化が生まれていったのです。

浅草まち歩きをするのも一興

『鬼滅の刃』のような特定の時代を背景にした漫画作品は、時に時代を考えたり、振り返ったりするときの導入を用意してくれる場合があります。

 筆者の浅草まち歩きも『鬼滅の刃』によって、さらに面白くなりました。現実的にはほとんど消えてしまった風景の中に往時の幻影を探す面白さです。

 2020年は、いよいよ映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』が公開予定です。この作品はテレビアニメ『鬼滅の刃』“竈門炭治郎 立志編”の続編として、原作7巻・8巻にて描かれた「無限列車」の戦いが描かれるとのこと。

アニメ『鬼滅の刃』の公式ウェブサイト(画像:(C)吾峠呼世晴/集英社、アニプレックス、ufotable、Nアニメ)



『鬼滅の刃』は原作の漫画、アニメ、そして劇場版とさまざまなメディアを通じて楽しめる、現在もっとも多くの支持者を集めている作品のひとつだと言って間違いありません。

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