広尾の「小さなレストラン」に訪れた閉店の危機 店を救ったのは地域の「寂しくなるよ」の声だった

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広尾の「小さなレストラン」に訪れた閉店の危機 店を救ったのは地域の「寂しくなるよ」の声だった

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アーバンライフ東京編集部

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渋谷区広尾にある小さなレストランが、2020年2月、共同オーナー制の創作料理レストランとして生まれ変わることになりました。一時は閉店の危機にひんしていた同店の再起の物語には、地域とのつながりを築き、さまざまな人と共同で事業を展開するためのヒントが満ち満ちています。

広尾駅から徒歩5分、路地の角にともる明かり

 東京メトロ日比谷線広尾駅から徒歩約5分。小さな民家も立ち並ぶ広尾商店街から1本入った路地の角に、柔らかい明かりがともる1軒のレストランがあります。

間もなく再オープンを迎える広尾のレストラン「カフェ ド マイ」(2020年1月29日、遠藤綾乃撮影)



 店の名前は「カフェ ド マイ(cafe.de.mai)」(渋谷区広尾)。シェフ歴30年の田中舞さんが5年間ひとりで切り盛りしてきた同店は2020年2月3日(月)、共同オーナー制の「創作料理店 ケース(CASE)」としてリニューアルオープンを迎えます。一度は閉店の危機に見舞われた同店。その再出発を支えたのは、地域住民から寄せられる温かい愛情と、約40人の新しいオーナーたちでした。

たったひとりで店を経営し続けていく難しさ

 もとはチュロス(洋菓子)ショップだった物件を、田中さんが居抜きで借りてレストランとしてオープンさせたのは2014年12月。数席が並ぶカウンターと、そのすぐ対面に田中さんの調理スペースがある小さな間口のお店です。

 予約制の「シェフおまかせコース」を楽しむカップルや女性客がいる一方、近所の常連がちょっと1杯ワインをつまみで引っかけていく、気さくで温かみのあるレストランでした。

 順調にファンを増やす一方で田中さんの悩みのタネとなったのは、たったひとりでお店を続けていくことの難しさ。お客さんに提供する料理作り、ケータリングの大口注文、食材の調達、経営管理……。お店2階の小部屋に寝泊まりするほど、多忙を極めたといいます。すべてをこなし持続させていく困難に直面し、お店を続けるかどうか、迷うようになったといいます。

「実はお店を閉めようかと思っているんだけど、食材用の冷蔵庫、要らなくなるから使う?」

 2019年10月、田中さんがメッセージを送った相手は、古くからの友人である起業家の近藤威志(たけし)さんでした。「お店やめちゃうの? その前に今度食べに行くよ」。近藤さんが旧友の店を久々に訪ねたのは翌11月のこと。そこで初めて、田中さんが長らく抱えてきた悩みを耳にすることになります。

「こんなに愛されているのに、もったいない」

 近藤さんにとって驚きだったのは、店にいたほんの1、2時間の間に、近所に住む常連客たちが何人も店をのぞき込んでは田中さんに声を掛けていったことでした。

「何、やめちゃうんだって? もう決めちゃったの?」

「いつも寄らせてもらってたから、寂しくなるよ」

 そのやり取りを見たとき近藤さんは、「こんなに地域に愛されているのに、閉めちゃうなんて絶対にもったいない」と思ったそうです。

 続けられるものなら本当は続けたい、という田中さんの思いを確認したうえで、お店を存続させる方法はないものかと考えを巡らせ始めました。

いろんな人とつながり、共同で事業を支える

 総務省の「地域力創造アドバイザー」でもあり、地域コミュニティーの再構築などに取り組む近藤さん。「飲食店に限らず、たったひとりでスモールビジネスとして事業を継続させていくというのは、並大抵ではありません。だからこそ、いろいろな人とつながり協力し合いながら。持続可能な運営の仕組みを作っていく必要があると私は考えます」。

 レストランを続けるための手法として、比較的少額の出資で数十人~100人規模のオーナーを募り、皆でアイデアを出し合いながら店の経営をかじ取りしていく、という青写真を描きました。集まった出資金は、調理設備や内装の必要な改修費用に充てるという算段です。

「出資額は10万円です。1回きり10万円の出資で、広尾のど真ん中に『自分のレストラン』を持てて、そこを自分の発信拠点としても活用できるなら、話に乗ってくれる人は何人かはいるんじゃないかな、と考えたのです。でも、ふたを開けてみたら想像以上の反響があって私自身驚きました」(近藤さん)

田中さんが作る料理のひとつ。飾らない、素材そのもののおいしさが際立つ(2020年1月29日、遠藤綾乃撮影)



 2019年11月半ば、

「唐突ですが、広尾で共同オーナー制一軒家レストランやるとしたら興味ある人いますか?」

とフェイスブックでつぶやいたところ、友人たちから反応があり、「いいね!」の数はたちまち200件を超えました。田中さんが賃貸解約する予定だったレストラン物件の大家さんとの打ち合わせを取り付け、契約の延長が決定。レストラン再出発に向けたプロジェクトは瞬く間に動き出しました。

町と人のつながりを豊かにする仕組み

 2020年1月10日(金)から1月30日(木)までにウェブのクラウドファンディングで寄せられた支援金は、合計220万円超。共同オーナーには、約40人が名乗りをあげました。

「創作料理店 ケース」をオープンさせる、シェフの田中舞さん(左)と、近藤威志さん(2020年1月29日、遠藤綾乃撮影)



 お店の再スタートに当たって近藤さんが決めたことのひとつは「週7日のうち2日間は定休日にすること」。

 田中さんには調理と接客に専念してもらい、体もきちんと休めてもらう。店を開けない週2日は、オーナーたちの希望に応じてそれぞれの活動などを発信する拠点として活用してもらうことを考えています。

 オーナーたちの顔ぶれは、上場企業の取締役やデザイナー、会社員、20代の若者など、年代も属性も幅広い個性的な面々です。月に一度開くオーナー限定食事会では、オーナー同士がつながりを築き、その場から新たな共同ビジネスが生まれるような、レストランを中心とした有機的な関係が育つことにも期待を寄せているそうです。

 そして何より、田中さんの味を楽しみにしている常連さんや地域の人たちに、これからも料理を振る舞い続けられること。田中さんは「お店を続けられるのは本当にうれしいです。待ってくれている人たちがいますから」と笑顔を見せました。

「田中さんのレストランに限らず、町の中華料理店でも小売店でも、事業を継続させていくために今回の共同オーナー制のような仕組みを取り入れられたら」と描く近藤さん。それが可能になれば、町や人のつながりはより豊かになるのかもしれません。

※ ※ ※

 日比谷線広尾駅から徒歩約5分。広尾商店街から1本入った路地の角に、旬の食材を使ったおいしい料理とお酒を振る舞う、1軒の小さなレストラン。

 シェフが作る牛肉ステーキやおでんなど、和洋を問わないメニュー編成も魅力のひとつです。その温かな味を楽しみながら、地域や人同士の支え合いで存続されたこのレストランの意義を、何となく考えさせられる真冬の夜でした。

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