4店の飲食店を経営する、やり手ベトナム人
韓流ファンで賑わう新大久保の一角にある「エッグ・コーヒー」(新宿区百人町)は、夕方や週末ともなればたくさんのベトナム人で賑わいます。
看板メニューは店名ともなっているエッグコーヒーで、卵黄とミルクを撹拌してふわふわの泡状に仕立て、これをベトナム産のブラックコーヒーの上に乗せたもの。ベトナム北部ハノイでは有名なスタイルで、日本では同店が初めて提供したのだとか。泡の上にはかわいらしいラテアートも描かれ、崩すのが惜しくなります。
この店を経営するのは30歳のベトナム人男性、ズォン・アン・ドゥックさん。「エッグコーヒー」だけでなく、韓国風の焼き肉屋、それに2軒のタピオカ店も持っている、若き起業家なのです。
日本に来てまだ6年だというのに、日本語をマスターし、会社を興し、ベトナム人や日本人の従業員を雇って、いくつもの店舗を切り盛りする――ドゥックさんのような外国人がいま、少しずつ増えています。異国で起業し、大きな成功を目指す若者たちを見るようになりました。
おもに飲食の分野に多いのですが、ほかにもIT関連、貿易、観光など、さまざまな分野でビジネスを立ち上げ、チャレンジしていくのです。その身軽さと失敗を恐れない度胸は、いまの日本人が失ってしまっているものかもしれません。
語学学校 → 専門学校 → 就職 → 起業
出入国在留管理庁によると、日本に暮らす外国人の数は282万人に達しました(2019年6月時点)。7年連続で増加し、いまや日本の人口の2.24%を占めるまでになっています。
私たちの隣人になりつつあるといってもいい外国人ですが、東京の場合、留学生がかなりの部分を占めます。ニュースになることの多い技能実習生は地方が中心で、東京は留学生の街といえるでしょう。日本では東京が突出して教育機関が充実しており、外国人を受け入れる学校がたくさんあることがその理由です。
だから私たちが東京で接する彼ら外国人……コンビニや居酒屋やファストフードの店員、ホテルの清掃、建設現場などで働いているのは、大半が留学生なのです。
彼らは苦労しながら学校に通い、アルバイトをして学費を稼ぎ、さらにステップアップを目指しています。日本での就職を目標にしている人、母国の大手企業を狙っている人、そして起業する人も増えているのです。
留学生たちはまず、日本語学校で2年間、みっちり言葉を勉強するパターンが多いでしょうか。たったの2年でかなりのレベルに達した彼らは、次に専門学校に入るのです。ビジネス系の学校で、日本の経営スタイルや経理などを貪欲に学んでいく。そして日本の会社に就職して、現場をひと通り経験したら、会社を立ち上げるのです。いつまでも雇われている気はありません。会社で働いているのは、その先の起業を見越してのこと。それは外国人、とくにアジアの人々によく見られる傾向です。
リスクを恐れず起業していく心意気
日本人が会社を立ち上げるときは1円の資本金でも可能ですが、外国人の場合はそうもいきません。基本的に500万円以上の投資が必要なのです。その後も経営者としてのビザを更新し続けるには、売り上げや事業内容についての厳しい審査があり、なかなか大変なのです。
それでも、トライする。異国でビジネスをはじめて、育てていく。20代や30代で、どんどん飛び立っていくのです。そして東京の街に新しい活気を与えてくれています。
彼らは同じ会社でずっと働き続ける日本人が、時に不思議に見えるようです。もっと大きく稼げる可能性もあるのに、どうしてチャレンジしないのか。転んでもまたやり直せばいい。自分だけのビジネスをやってみたいと思わないのだろうか……と。
もちろんうまくいく人だけではなく、日本で会社経営に失敗して帰国する人だっています。そんなリスクはあっても、わが道を選ぶ。小さくても、一国一城の主になる。アジアの若者はそう考えています。コンビニや居酒屋で黙々と働きながら、将来を思い描いているのです。
「故郷に錦を飾りたい」という熱い野心
こうした若さやエネルギーを、日本人は見習うべきなのかもしれません。そして彼らは、商店街の空き店舗を埋め、日本人を雇用し、もちろん納税して、東京や日本の経済に大きく貢献してくれています。やがて外国人に頼らないと国が回らない時代になっていくのかもしれません。
「エッグ・コーヒー」には、週末になるとベトナムの留学生が集まってきます。日本の暮らしの中ではつらいこともあるでしょうが、そんなことを吹き飛ばすように、故郷で流行っている歌を歌い、仲間同士はしゃいで、また東京の街に散っていく。
彼らの夢もやはり、いつか日本で起業すること。そして故郷に凱旋し、錦を飾りたい。そんな若く、熱い野心が、アジア人のコミュニティには満ちあふれているのです。