大規模停電の恐怖再び――台風19号到来で注目集まる「水素利用」という災害対策

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大規模停電の恐怖再び――台風19号到来で注目集まる「水素利用」という災害対策

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小川裕夫

フリーランスライター

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2019年9月に首都圏を直撃した台風15号は、停電という恐怖を改めて国民に植え付けました。そのような恐怖について東京都はどのような対策を行っているのでしょうか。フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

台風15号から学ぶべきこと

 2019年9月の9月8日(日)から9日(月)にかけて、台風15号が首都圏を直撃。大きな被害を出したことは記憶に新しいことでしょう。

台風到来のイメージ(画像:写真AC)



 台風15号は降雨による水害を起こしただけではなく、強風で多くの建物が損壊しました。特に千葉県では無数の電柱が倒壊し、房総半島の広い範囲で停電が発生。復旧作業で自衛隊が出動するほどの状態に陥り、多くの住民が長期間にわたって不便な生活を強いられました。

 今般、私たちの暮らしに電気は必要不可欠です。電気は食料・水とともに災害時に確保しておきたいインフラといえます。唐突に起きる地震とは異なり、台風は事前からの予測が可能です。そのため、台風15号の際に停電で苦しむ住民たちを「台風への備えが足りない」などとなじる声も一部からは聞こえました。

 食料や水、電池を用意するといった事前準備は個人でもできます。しかし、3日以上もつづく停電は、個人でどうにかできる範囲を超えています。

住民を守るのは、行政に課された責務

 大規模災害で、なによりも頼りになるのは行政という大きな組織と力です。台風15号によって発生した大規模停電は、管内の東京電力の電柱や電線といった電気設備が損壊したことから起こりました。

台風到来のイメージ(画像:写真AC)

 そうした事情を踏まえると、行政がカバーする分野ではないように見えますが、行政には住民の生命・財産を守る責務が課されています。電気が東京電力という民間企業の所管であっても、それが免責されるわけではありません。

 停電という災禍に対して、行政はどんな対策を講じることができるでしょうか?

 行政が台風の際に取り組むべき災害対策は多岐にわたりますが、すぐに思いつくのは、非常用の食料・水の備蓄と同じく電池や発電機の確保です。住民にとって、もっとも身近な市町村には庁舎や公民館といった大きな施設があり、その防災倉庫は個人宅の物置きや押入れなどとは比較にならないほど、大量の備蓄品を取り置くことが可能です。また、都道府県も広域的な災害に備えて、たくさんの食料・水を備蓄し、発電機や電池などを揃えています。

舛添前知事が打ち出した「水素社会の推進」

 しかしこうした災害用の備蓄は保管場所の制約もあるので、無尽蔵にできるわけではありません。市町村の場合は、おおむね全住民に対して3日分ぐらいしか用意できません。台風15号は、1週間以上の長期停電を引き起こしました。これらは、行政にとって想定以上の事態だったのです。

 防災倉庫などに備蓄されている電池は、あくまでも災害用です。平常時に使用すれば、非常時に使用できなくなります。災害は、いつ起きるかわかりません、常に準備をする必要があります。一方で、いつ起きるかわからない災害時への準備は、無駄になる可能性もあり、行政にとって大きな負担になるのです。

 そうした事情から、非常時・平常時を問わずに使用できる、経済的で行政に負荷の少ない蓄電インフラが模索されてきました。2014年に東京都知事に就任した舛添要一都知事は、取り組む政策のひとつに「水素社会の推進」を掲げていました。

2016年にオープンした水素情報館「東京スイソミル」(画像:小川裕夫)



「水素」は目に見えません。しかも、一般的に私たちの生活周辺で水素が使われていることを実感する機会はありません。そのため、「水素社会の推進」と言われても、いまいちピンときません。舛添都政で打ち出された政策には、都民の多くが関心を寄せませんでした。

 舛添都知事は2016年に退任しますが、後を継いだ小池百合子都知事も水素社会の実現に向けた取り組みを継続しています。舛添・小池両都知事が推進した「水素社会」とは、具体的にどんな社会でしょうか? そして、東京都は水素社会に向けて実際にどんな取り組みをしているのでしょうか?

非常時に外部電源として活用

 水素社会を一言で表現すれば、「環境負荷を減らしつつ、生活に欠かせない電気を調達する社会システム」を構築することです。

「水素社会の推進」に向けて、東京都は水素エネルギーの活用に取り組んでいます。水素エネルギー活用の代表例が、都バスです。これまでも、天然ガスを燃料にしたバスを東京都は導入しています。それより環境負荷が少ないとされる燃料電池車(FCV)を、東京都は早期に導入しました。燃料電池車は電気自動車(EV)と同様に、電気で自動車を動かしています。地球に優しいという点も同じです。

燃料電池で走る都バス。五輪までに、東京都は100台の燃料電池バスを導入する予定にしている(画像:小川裕夫)



 FCVもEVの特筆すべき点は、非常時に外部電源として活用できるところです。平常時は電気の力で自動車を動かすFCVの電気は、非常時は照明を灯し、調理用器具を動かすことができるのです。

 EVとFCVの給電能力を比較すると、EVは40台で病院1日分、10台でコンビニ1日分を稼働させる給電能力を有しています。FCVは8台で病院1日分、2台でコンビニ1日分の電力を賄うことが可能です。

 FCVバスの給電能力は、それらをさらに上回ります。FCVバスは2台で病院1日分、0.5台でコンビニ1日分の電力を賄える給電能力があります。FCVバスは環境に優しい移動手段というだけではなく、外部電源として非常に活用できるのです。そのため、「走る発電所」とまで形容されます。

FCVの購入補助事業もスタート

 EVとFCVの大きな違いは、充電までの所要時間です。自動車の種類によっても異なりますが、EVはフル充電に数時間が必要になります。

 一方、FCVは一瞬でフル充電ができます。そうしたFCVの特性が注目され、東京都以外にもFCVのバスを導入する自治体が増えています。FCVが街のいたるところで走っていれば、災害時に停電が発生しても電気がない不便な生活を強いられずに済むからです。

ガソリンスタンドに設置されたFCV用の充電スタンド(画像:小川裕夫)

 災害用のバックアップ電源として期待を一身に背負うFCVには、まだ課題があります。FCVの充電スタンドとなる水素ステーションが普及していないこと、そもそもFCVの価格が高いことが普及の妨げになっているのです。

 東京都は使用されていない都有地を事業者に貸し出し、水素ステーションの普及・拡大を進めています。また、FCVの購入補助事業も始めています。それでも、FCVが普及しているとは言い難い状況です。

 街でFCVが走る光景が当たり前になるまで、まだ時間がかかるでしょう。それでも、最近は自動車だけではなく鉄道分野でも水素エネルギーの導入を模索する動きも出ています。着実に、水素社会へと近づいているのです。

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