大久保駅から徒歩1分 台湾の香り漂うパワースポット「東京媽祖廟」とは何か

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大久保駅から徒歩1分 台湾の香り漂うパワースポット「東京媽祖廟」とは何か

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黒沢永紀

都市探検家・軍艦島伝道師

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大久保駅近くにあるパワースポット「東京媽祖廟」について、都市探検家・軍艦島伝道師の黒沢永紀さんが解説します。

国際タウン大久保の新しいパワースポット

 JR大久保駅の南口から南へ徒歩1分。赤提灯が並ぶ雑多な路地に突如現れる極彩色な御殿は、東京で唯一の「媽祖廟(まそびょう)」です。媽祖廟とは何か。今回は、大久保に出現した台湾の深~い信仰の話です。

2013年に開廟した、東京で唯一の媽祖廟「東京媽祖廟」の正面(画像:黒沢永紀)



 韓流やスパイス村としてメディアでも度々取り上げられる大久保。そんな喧騒とは裏腹に、JR大久保駅南口の駅前には赤提灯が肩を寄せ合う、昭和が色濃く残った飲食街が広がりす。

 かけそば1杯220円や、ボロボロな店構えの牛スジカレー、果てはパン屋の角打ちまで。また、駅の目の前には、何年も放置された専門学校の廃校舎やラブホテルの廃墟が佇み、その光景はおよそ新宿から1駅とは思えません。

 そんな脱力系の大久保駅前に、突如6年前に現れたのが「東京媽祖廟」(新宿区百人町)です。たくさんの大小の龍と鳳凰が彫り込まれた極彩色の壁、そして巨大な白菜があしらわれた2本の柱の間に、大久保らしからぬ異空間が口を開けます。

媽祖廟とはなんぞや?

 媽祖廟……聞きなれない名称だと思います。特に台湾で篤い信仰を集める媽祖を祀った道観(どうかん。道教での寺院のような施設)で、台湾にはその数900余。信徒数は1500万人以上というから、実に台湾国民の3分の2が入信していることになります。

 媽祖廟で祀られる本尊の媽祖は、航海・漁業の守護神として中国南部の沿岸や台湾で篤く信仰されている、道教の神々のひとり。天妃娘娘、天上聖母、媽祖菩薩などの尊号でも呼ばれます。

 道教の神なのに菩薩の尊号が与えられているのは、12世紀ごろの中国で、海運の神と崇められる観音菩薩の信仰と融合し、媽祖は観音菩薩の生まれ変わりと考えられたためといわれます。

多くの海賊に信奉されていた

 道教は中国のアニミズムを発祥とし、それに神仙思想や老子の老荘思想が加わって、さらに陰陽五行思想や易などと融合しつつ複雑に発展した、中国三大宗教のひとつ。日本でいえば、神道と似たような位置付けになるのでしょうか。

門柱の手前に鎮座する、口中でスムーズに動く擬宝珠が素晴らしい獅子像(画像:黒沢永紀)



 媽祖は、幼少の頃から神通力を発揮した中国・福建出身の女性で、その後仙人に導かれて神になったといわれます。また、海難事故で亡くした父を探し求めて遭難した島が媽祖島だったことから、媽祖の名前が付けられたようです。

 数え年で29歳のときに昇天した後も、海上に現れては、海難事故に遭った者たちを次々と救済したことから、航海・漁業の守護神に。特に台湾には福建から移住した開拓民が多く、航海安全を媽祖に祈り、無事に台湾へ到達できたことに感謝して、台湾にたくさんの媽祖廟を建立しました。またそのご利益から、多くの海賊に信奉されたともいわれています。

 海に囲まれた国土を持つ日本では、本来媽祖は受け入れられても良かったと思います。しかし、日本には古来より金比羅さまをはじめとした日本独自の海運の神が存在し、また船魂信仰もあったので、媽祖は受け入れられなかったようです。

 その結果、日本ではあまり馴染みがない媽祖を祀っているのは20か所くらいしかなく、そのほとんどが併設のお堂や、メインの神様とともに祀られたもの。媽祖廟として独立しているのは、この東京媽祖廟と横浜中華街の横浜媽祖廟(横浜市中区)の2か所しかありません。

 横浜の中華街は、その土地柄から媽祖廟があるのは頷けます。しかし、東京には横浜や神戸のような中華街はなく、大久保が特に台湾や中国と深い関係のある土地とも思えません。

なぜ大久保に媽祖廟が

 ではなぜ大久保に東京媽祖廟が開かれたのか。媽祖廟の人にお話をうかがうと、なんと「媽祖さまがお選びになられた」とのこと。ちなみに、2017年時点での在日台湾人の数は約5万7000人。都道府県別では東京がダントツに多く1万5000人。さらに都内のエリアを見てみると、大久保を間に挟む新宿区と豊島区がトップ2。媽祖様の「選択」には、ちゃんと意味があったのですね。

金面、粉面、黒面の3体の媽祖が祀られた3階の媽祖殿(画像:黒沢永紀)



 年々増える在日華僑の状況に対応すべく、以前から東京に媽祖廟を建てる計画はあったようですが、土地と資金の問題が解決して建立されたのが2013年のことでした。在日の台湾華僑にとって、家のような場となり、同時に人的ネットワークの拠点となるように、さらには日本での滞在期間が短い華僑への、相互扶助の場になることを目的として建てられたのが東京媽祖廟です。

次々と現れる、知られざる世界

 それでは、実際に東京媽祖廟を参拝していきたいと思います。まず1階の入口では、躍動感溢れる唐獅子が出迎えてくれます。日本では、左に口を閉じて角がある狛犬、右に口を開けて角がない獅子、という阿吽(あうん)の守り神が通例(現在は両方とも獅子の姿をしているものも多い)ですが、中国では左右ともに口を開けた獅子像が通例です。それにしても1つの岩から加工された口の中で動く擬宝珠(ぎぼしゅ)を見るたびに、その技巧には驚きが絶えません。

3階の媽祖殿の壁面に並ぶ媽祖燈。ずっと見つめていると別世界へ誘われる(画像:黒沢永紀)

 中央には大きな香炉があり、左右を鳳凰と龍が守ります。いずれも着色されてはいませんが、精巧に彫り込まれた彫像は、とても見応えがあります。

 建物は鉄筋造の4階建。1階は売店と荷物置き場、それにロッカーと供物スペースがあり、基本的には準備室のようなもの。2階から4階が祈りのフロアとなっています。

 供物の横にある線香を7本取り、火をつけて祈りの準備をします。これは、廟内にある7か所の香炉に1本ずつ供するためで、まず最初に1階玄関にある大きな香炉へ1本。あとは各フロアの香炉へそれぞれ1本ずつ献香します。献香の際には必ず左手(利き手じゃないほうの手)を使うこと。これは、普段使わない柔らかい手を使うという意味だそうです。なお、線香は台湾同様に無料(横浜媽祖廟は有料)ですが、賽銭箱には気持ちを入れたいところです。

2階には『三國志』登場「関羽」を神格した神も

 2階は関帝(かんてい)殿、3階がメインの媽祖殿、4階が観音殿。関帝は『三國志』にも登場する後漢時代の武将「関羽」の神格で、塩の闇取引でひと財産を築いたことから、金運・蓄財の神としても崇められます。

財神燈の隣に狭いスペースで設けられた厄払いの「太歳燈」(画像:黒沢永紀)



 3階の媽祖廟の祭壇には、左から金面、粉面(桃色の顔)、黒面の3体の媽祖が鎮座します。金面は台湾南部の南天宮におわす台湾最初で最大の金面の媽祖の分霊、粉面は中国で最初の媽祖廟・泉州天后宮におわす媽祖の分霊、そして黒面は台北にある、台湾300余りの媽祖廟の総廟・朝天宮の媽祖の分霊とのこと。いずれもふくよかで、人間的な印象を受けます。

 また、3体の媽祖の横には、随神の千里眼と順風耳がひかえます。航海に欠かせない、遠くを見通す力と音を聞き分ける能力を持った神々は、もともと悪行を行なっていたものの、媽祖に諭された転身といいます。

別世界へ誘うような光明灯

 4階の観音堂は、その名の通り観音様を祀ったフロア。観音菩薩は般若心経の冒頭にも登場する、日本でも馴染み深い仏様です。媽祖廟に観音堂があることからも、媽祖と観音の深い関係が見てとれるのではないでしょうか。

 圧巻なのは、各フロアの壁面にズラリと並ぶ「光明灯」。小さな神像が鎮座する数センチ四方のスペースにあかりを献灯し、神の導きを願う風習です。2階にはミニ関帝像の「財神燈」、3階にはミニ媽祖像の「媽祖燈」、4階にはミニ観音像の「観音燈」というように、フロアに応じた光明灯が備えられ、各自の祈願に合わせて献灯します。献灯は1万円で1年間。

とても剽軽な表情が印象的な、敷地奥の龍泉(画像:黒沢永紀)

 また、2階には財神燈以外に「太歳燈」というのもあり、これは中国での厄年にあたる12年に一度の厄払いの意味があるといいます。整然と並ぶ金色に輝く光明灯をじっと見つめていると、もともと3Dですが、更に3D化してクラクラし、別世界へ誘われる錯覚を覚えます。

 日本ではあまり馴染みのない媽祖様と道教。韓流やイスラムだけではない、エスニックタウン大久保の新しいパワースポットを訪れてみてはいかがでしょうか。

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