人気パワースポットだった明治神宮「清正井」、現在どうなってる? スマホ文化から再考するその魅力とは

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人気パワースポットだった明治神宮「清正井」、現在どうなってる? スマホ文化から再考するその魅力とは

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西村大志(広島大学大学院教育学研究科准教授)

2009年のテレビ番組がきっかけで、パワースポットとして人気となった明治神宮の「清正井」。その清正井の魅力と現状について、広島大学大学院准教授の西村大志さんが解説します。

観光地化が進む明治神宮

 皆さんはJR原宿駅にほど近い、明治神宮(渋谷区代々木神園町)にある「清正井(きよまさのいど)」をご存じでしょうか。インターネットで検索してみると、多くの画像がアップされているのに驚かされます。

 この井戸は2006(平成18)年ごろから雑誌などで「パワースポット」として紹介されており、2009年12月24日のテレビ番組をきっかけに本格的な人気を博しました。

明治神宮内にある清正井(画像:写真AC)



 放送の翌日から行列ができ、かつては4時間待ちとも6時間待ちとも言われるほどで、一時は整理券が配られました。人気は雪だるま式に上昇し、写真におさめて携帯電話の待ち受け画面にすると、「運気があがる」「金運があがる」「仕事が舞い込んでくる」など、メディアでさまざまな形で放送されたため、人気のある「パワースポット」となっていきました。

 総務省のデータによると、スマートフォンの世帯保有率は2010(平成22)年で10%くらいですので、当初はスマホというよりケータイのなかの聖地でした。2008年9月のリーマンショックにつづく景気の低迷も、この現世利益的なパワースポットの人気上昇に一役買ったかもしれません。

 その清正井は、今どうなっているのでしょう。梅雨の季節に2度明治神宮に行ってみました。ある日曜日、本殿に参るとたくさんの人で大賑わい。6、7割は海外の人のようでした。

 警備員さんと話してみると、「平日はもっと外国の観光客が多いよ。平日は日本人は仕事だからねぇ。もう対応がたいへん。だんだんアジア比率が上がった気がする。もう英語じゃだめ。ポケなんとか(ポケトーク)でないと」ということでした。

 平日に再訪すると参拝客は半分くらいでしたが、海外の人の割合はたしかに増えていました。明治神宮は外国人観光客の増加により、観光地化が進んでいるようです。

飲もうとする人もいる、透明度が高い清正井

 清正井は、明治神宮のなかの御苑にあります。御苑に入るためには500円を納めることになっています。こちらは明治神宮の本殿や参道とは逆に、静かな空間へ戻っていました。かつてのにぎわいはどこへやら。「500円の壁」もあってか、御苑内の海外の人は3、4割程度です。

御苑の花菖蒲と観光客の姿(画像:写真AC)



 御苑では菖蒲(しょうぶ)を見る人、睡蓮(すいれん)の写真を撮る人などが主で、井戸へ一直線などという人はほとんど見かけません。井戸はかなり奥まったところにありますので、「お井戸はいつも同じだから」といって池の周りを散策後、引き返す老夫婦などもいました。

 井戸に参りますと、青くて透明度が高く、長い行列ができていた頃より水質もよさそうな感じです。「ペットボトルに入れてもいいのかな。飲めるんでしょ」「だめじゃない」といった会話しているカップルもいます。もう「パワースポット」感は大いに低下しているようです。

 ほとんど行列もないのでしばらく観察していますと、ときどき写真を撮る人がいる程度。50代くらいの女性がひとり来て熱心に拝む、幾度も写真に撮るなどされていましたので、かつてのようにパワースポットとして来る人もいるようです。

リアルな清正井、バーチャルな清正井

 ここで、パワースポットの定義を確認しておきましょう。宗教学者の鎌田東二は、

「1970年代に生まれ、2000年代に普及した和製英語です。学問的には聖地や霊場と呼ばれ、神仏、精霊などが顕現する調和のとれた環境が代々守られている癒し空間を指します」(女性セブン、2011年1月13日号)

とパワースポットについて説明しています。

 手元にある「現代用語の基礎知識」(自由国民社)では「心身を癒してくれる自然のエネルギーに満ちた場所」としていますが、いずれも癒される自然な場所や空間を指すようです。では清正井は完全に「自然な場所」、あるいは「リアルな空間」と言えるでしょうか。

 清正井の画像がケータイ、のちにはスマホに取り込まれ、友人などに転送されることもありました。つまり、清正井は現実の空間だけでなく、バーチャルな場所にもあるのです。その場に行き、撮り、送り、シェアする。場合によっては、リアルな場に行かず、ネットで検索したり、シェアしたりしてもよいわけです。

 清正井だけに立ち寄り、写真を撮り、ケータイに取り込み、ネットにアップする一方で、本殿に参拝しないその手軽さは正当な神道の儀礼とは程遠いため、まじめな信者をいらだたせることもありました。

生まれては消える、パワースポットのタネ

 これを理解するのに、文学者・坂口安吾の「日本文化私観」(1942年)を参照してみましょう。

 彼は当時としては非常識ながら、戦中戦後の混乱期を生き延びるために役立つような人間肯定の思想を語りました。彼は、「日本文化」として当時高く評価されていた龍安寺(京都市)の石庭のような見立てを嫌い、その背景にある見立ての「構造」を批判しました。

 安吾に言わせれば、私たちは石庭に何かを見出してもいいのですが、それは義務ではないのです。一方で、安吾は「伏見稲荷の俗悪きわまる赤い鳥居の一里にあまるトンネル」は、「見るからに醜悪で、てんで美しくないのだが、人の悲願と結びつくとき、まっとうに胸を打つものがある」と評価しました。

坂口安吾が評価した伏見稲荷大社「千本鳥居」(画像:写真AC)



 人々が思いを込めて寄進した真っ赤な鳥居の長い列は、現在では伏見稲荷大社を訪れるわれわれを惹きつけるものがありますが、昔は低く位置づけられていました。それを考えると、さまざまな人のケータイやスマホに今も眠っている、清正井の丸く、そして青みを帯びた水をたたえた1枚の写真が、伏見稲荷の朱の鳥居1基にも似たものとして存在しているようにも思えてきます。

 朱の鳥居ほどの「真剣味」はないかもしれませんが、ここからは、ただの消費されたブーム、創られた聖地にとどまらない清正井の姿も見えてくるのではないでしょうか。いろいろな人の悲願とまではいかないまでも、強い願いが込められた時期もあったのです。

 清正井には何も祀(まつ)られていないかもしれませんが、そこに人々が「拠り所」を見出すのは自然なことだったかもしれません。安吾は、法隆寺や平等院のような教養を得ることでしか理解できない美に対し、「小菅刑務所とドライアイスの工場」にダイレクトな郷愁と美を見出しました。

 ネットでの共同性があるうえで、私たちはさらに自由に拠り所や癒しの在り様を見出し得るでしょう。今日もどこかで、現在のメディア環境と感性に合わせたパワースポットのタネが、生まれては消えていきます。

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