中国出身・元高級官僚のレストランオーナーが「中華料理は唯一無二」と銀座で断言する理由
中華料理と聞いて、どんなメニューを思い浮かべますか? 銀座などで高級中華レストランを経営する徐耀華(ジョ ヨウカ)社長、「中華のような料理は、世界中を探してもほかにありません」と語ります。その理由は一体どんなところにあるのでしょうか。銀座で味わう「究極の中華料理」とは 中華料理、というと、昨今は「町中華」をまずイメージする人が多いかもしれません。どの街にもある気楽さと、数百円から得られる満腹感。懐かしい素朴な雰囲気が受けて、近年ますます人気を獲得しています。 ただ、中華料理はもちろんそれだけではありません。 北京ダックで有名な北京料理。辛さが特徴の四川料理。飲茶(ヤムチャ)や点心で知られる広東料理。黒酢の効いた上海料理……。さて、ほかには? 私たち日本人は、中華料理について一体どのくらい知っているでしょうか。 「日本で知られていない中華料理の魅力は、まだまだあります。5000年の歴史の中で中華料理が受け継いできた『魂』や『物語』、そして中国の文化そのものを、もっと多くの日本人に伝えていきたい」―― そう話すのは、銀座や六本木など東京都内に中華レストラン9店を展開する東湖(港区六本木)の社長、徐耀華(ジョ ヨウカ)さん。 「中華料理が受け継いできた『魂』や『物語』をもっと日本に伝えたい」と話す徐社長(画像:菊池陽一郎) 1995(平成7)年に日本での飲食事業をスタートし、四半世紀余り。2020年秋、これまでの集大成として“究極の中華料理”を自負する「御膳房 二十四節気之華魂和装(ごぜんぼう にじゅうしせっきの かこんわそう)」を中央区銀座2丁目にオープンさせました。 同店のテーブルに並ぶのは、中国南西部・雲南省(ウンナンしょう)の郷土料理「雲南料理」。ディナーコースで1万8000円からという高級メニューは、日本国内で採れた最も旬な食材と、中華料理・雲南料理の精神を掛け合わせた逸品の数々です。 果たしてそのお味は? そして徐社長が語る中華料理の「物語」とは、どのようなものなのでしょうか。 中国の詩歌をまとった料理の数々中国の詩歌をまとった料理の数々 記者が取材で同店を訪れたのは2021年4月上旬。店の名前にもある中国発祥の暦(こよみ)「二十四節気」で言うと「清明(せいめい)」の頃、春の日差しを受けて草木をはじめとする万物が生き生きと清らかに澄み渡る季節です。 同店の一番の特徴は、そのときどきの旬を用いて、二十四節気が表す季節感を料理で具現化していること。「春歌」と題されたこの日のコースには、ボタンエビ、マナガツオ、春タケノコと、季節の代名詞のような食材を使った料理が次々と給仕されました。 日本の食材や装いを取り入れつつ、中華料理の神髄を体現する「御膳房」の料理(画像:菊池陽一郎) 漬ける、蒸す、煮る、炒める、冷やす。食材と時期に合った調理法で運ばれてくる一品一品。 徐社長はそのメニューひとつひとつに、中国の詩人による「詩歌」を体現させています。李白、杜甫、王維、白居易――。偉大な先人たちが詠んだ中国の美しい情景や季節の躍動と喜びを、料理の色彩や味わい、また器にまでこだわり表現しています。 音楽的なリズムを備えた中国の詩歌と、絵画のような視覚的美しさ、そしておいしく体によい食材とを併せ持つ同店の料理は、あらゆる五感を刺激して中華料理の姿を客に伝えているよう。 「中国で受け継がれてきた文化は、歴史が長く、奥が深い。その一端は料理からも垣間見ることができます。中華料理にはひとつひとつ、成り立ちを物語る逸話が伝わっていますが、そのような料理があるのは世界中を探しても中国だけではないでしょうか」(徐社長) どんな料理にも「物語」があるどんな料理にも「物語」がある たとえば日本でもすっかりおなじみの豚の角煮(トンポーロー、東坡肉)は11世紀、宋の時代の詩人・蘇軾(ソ ショク)が由来。黄州に左遷された蘇軾が豚肉を使った角煮を考案し、それにまつわる詩を残したことが始まりと言われています。 また、熱々の鶏油を張ったスープとライスヌードル、具材がつけ麺のように別々に運ばれてくる雲南名物「過橋米線(かきょうべいせん)」は、中国の官僚試験・科挙(かきょ)の勉強に励むある秀才の妻が作ったことがきっかけ。妻が、夫のいる小島へと橋を渡って食事を運ぶ際、料理が冷めてしまわないよう表面に鶏油の熱い層を作ったことに由来すると言われています。 上質な空気をまとう「御膳房」の店内(画像:菊池陽一郎) まるで日本の「むかしばなし」のような逸話がそれぞれの料理にはあり、ひと口味わうごとに中国のいにしえの情景が浮かび上がってくるようです。 「料理のおいしさ、美しさをきっかけに、中国の詩歌や料理の成り立ち、さらには中国の歴史や文化にも関心を寄せていただけたらうれしいです」と話す徐社長。日本での開業以来、守り続けてきたコンセプトが四つあると言います。 「医食同源」。バランスの取れた食事をとることで病を防ぐこと。 「美味求真」。本当においしいものを追求すること。 「不時不食」。旬でない物は食べない。つまり、そのときどきの旬の食材にこだわること。 「華魂和装」。中華料理の料理方法や調味料、伝統的な食文化を日本向けにアレンジし独自のメニューとして提供すること。 “和の装い”の注目点としては、料理を盛り付ける食器もそのひとつ。日本の著名な芸術家・北大路 魯山人(きたおおじ ろさんじん)が手掛けたお盆や古九谷、伊万里焼、京焼、有田焼など、極めて希少な器がいくつも使用されています。それらが中華・雲南料理と合わさって、日中の絶妙な調和を体現しています。 雲南省と日本の深いゆかり雲南省と日本の深いゆかり 多彩な表情を持つ中国の中でも、雲南省は、日本の食文化に多くの影響を与えたと言われる地。 水田稲作発祥の地とされ、茶の原産地としても知られるほか、納豆やコンニャクなど日本食のルーツとも言われています。中でも食用のキノコは古くから盛んで、古来、女性たちから「食べる美容」と称されるほど栄養価が高いことで知られます。 徐社長が90年代、日本国内で有機食材を扱う団体(大地を守る会)の生産者・会員と雲南省を訪れた際、現地の風景を見た関係者たちが「まるで日本のふるさとのよう」を話したことから、雲南料理は日本人と間違いなく相性の良い料理だという確信を得たと言います。 “集大成”とする同店に雲南料理を選んだ背景には、そんな理由もありました。 日中友好を願う社長、異色の経歴 それにしてもなぜ徐社長は、ここまでして「日本に中国の文化を伝えたい」と考えるのでしょうか。ヒントは、彼が持つ特別な経歴にも隠されていました。 湖北省出身の徐社長は高校1年、わずか16歳のときに飛び級で地元の国家重点大学武漢大学へ進学しました。外国語学部で日本語を学んだのが日本との接点の始まり。大学院では「日本の近代文学史」を専攻しました。卒業後、日本の文部科学省に当たる「文化部」に入省。23歳のとき、当時最年少の外交官として日本へ派遣されました。 29歳、文科省を退任し、経済の世界へ。「民間の立場で中国と日本の橋渡しをしたい」と貿易商を起業します。先述の、有機食材を扱う団体大地を守る会と知り合ったのもこの頃です。 大学で日本の歴史や文学を学び、在日中国大使館の職員として両国の文化交流事業に携わった経験が、食を通じて両国の友好を深めたいと強く願う根底にあるようです。 食を通じて中国への関心を食を通じて中国への関心を 中国・農耕文明の結晶とも呼ばれる「二十四節気」は、1年間の農業サイクルの指針であり、季節への感謝や敬愛が込められたものでもあります。 なぜ、旬の食材を食べることは体に良いのか? そんな、現代人が忘れかけてしまった当たり前の摂理や、長い歴史を掛けて摂理を見出してきた中国の文化に、食を通して思いをはせてみるのも良いかもしれません。 雲南料理の代表的存在ともいえる看板メニュー「キノコ鍋」(画像:菊池陽一郎) 新型コロナ禍でなかなか外食がかなわない今、雲南料理の代表ともいえる看板メニューのひとつ「キノコ鍋」のセットなどは、同社のオンラインショップからも購入することができます。
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