東京駅の八重洲地下街、実は50年前に水没しかけたことがあった!

1970年代、八重洲地下街が水没の危機にあったのをご存じでしょうか。知られざるその歴史について、フリーライターの真砂町金助さんが解説します。


都内最大の地下街

 東京駅前の八重洲地下街(中央区八重洲)は「東京の顔」のひとつに数えられます。地下街としては都内最大の面積、かつ全国でも大阪市のクリスタ長堀に次いで2番目の規模となっています。

八重洲地下街。2019年撮影(画像:(C)Google)

 また、東京駅周辺のビジネス街の下に位置していることもあってか、観光客向けの店舗が多い東京駅一番街に比べると、ふだんの東京を感じられるスポットです。

 八重洲地下街は、1965(昭和40)年6月に開業しました。以来、長い間親しまれていますが、東京の街が開発されていく過程で、今では笑い話のような珍事が起こったことがあります。それは水没危機に陥った事件です。

 事件が起こったのは、開業から5年後の1970年11月27日のこと。当時、地下街のそばでは首都高4号線の八重洲トンネルの工事が行われていました。

 このトンネルは、北は呉服橋交差点付近から地下に入り、外堀通りの下を通って、鍛治屋橋交差点付近から地上に出ます。その途中、トンネル内には幾つかの出入り口が設けられており、そのひとつに「八重洲出入口」がありました。

 ここは地下街の下に位置する八重洲駐車場に直結しています。東京駅で誰かを送迎する際、駅に最も近い駐車場のため、利用したことがある人も少なくないでしょう。

 さて、前述の八重洲トンネルが開通したのは1973年2月です。事件が起きた1970年当時は、開通に向けて掘削工事が行われていた真っ最中でした。

 そんな工事の真っ最中である11月27日未明、トンネル工事現場に突然大量の水がなだれ込んできました。八重洲トンネルは都市の合間を縫って計画されたため、トンネルの側壁の向こうが日本橋川になっている部分がありました。その側壁にできた割れ目から日本橋川の水が漏れてきたのです。

トンネル内が300mにわたって水没


【貴重画像】1970年当時の「八重洲地下街」

画像ギャラリー

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