「青春18きっぷ」の真の魅力とは何か? 外出自粛の今、終わりゆく夏の今、改めて考える

若かりし頃、誰もが使ったであろう「青春18きっぷ」。その魅力とは何でしょうか。コロナ禍で外出自粛の今、そして夏休みの終わりにあえて、鉄道ライターの弘中新一さんが熱い思いをぶつけます。


都会を離れたい東京人には有り難い存在

「東京を離れてどこか遠くへ行こう」「郷里を離れて憧れの東京へ行こう」――そんなときにとても便利なのが、JR線の特別企画乗車券「青春18きっぷ」です。東京に暮らしている人なら、何らかの思い出を持っているのではないでしょうか。

 青春18きっぷの始まりは、国鉄時代の1982(昭和57)年3月に発売された「青春のびのびきっぷ」です。以降改定はあったものの、今夏も1万2050円で発売されました。

 全国のJR各線の普通列車が乗り放題になり、きっぷ1枚で5回、もしくは5人以内の複数人で利用できます。長時間座っていることと少々のお尻の痛みに耐えられるなら、一日中乗り続けられる極めてお得な切符です。

青春18きっぷ(画像:写真AC)



 東海道本線の東京~大垣間を走る臨時夜行快速「ムーンライトながら」を始め、青春18きっぷで乗れる長距離列車は少なくなりましたが、都会の騒がしさを離れて、どこか遠くへ行きたいという東京人には有り難い存在といえます。

 使用期間内ならどこまでも行けます。現在はコロナ禍で中止されていますが、下関と韓国の釜山を結ぶ関釜フェリーでは、青春18きっぷの利用者の乗船料を割り引くキャンペーンをよく実施していますので、気持ちさえあれば国境を越えることもできるのです。

 これを使って春・夏・冬の旅を楽しみにしている人が多いと思うと、1日も早いコロナ禍の収束を願ってやみません。

バブル後に復活した貧乏旅行

 さて、そんな青春18きっぷの旅が広く知られるようになったのは1990年代に入ってからです。

 交通費・宿泊費を極限まで削って1日でも長く続ける貧乏旅行は、1970年代に多くの若者たちによって楽しまれていました。ところが1980年代後半になると、そうした旅のスタイルはいったん衰退します。バブル景気が続くなかで、若者たちの間にも貧乏旅行よりリッチな旅行といった感覚が生まれていったのです。

 それを繁栄するように、1980年代後半の新聞・雑誌では青春18きっぷについて触れる記事はほとんど見当たりません。もちろん発売は続いていたので需要はあったわけですが、決して「日のあたる交通手段」ではなかったのです(もちろん、時刻表を手に全国を回る若者もいました)。

青春18きっぷを使った旅情あふれる旅のイメージ(画像:写真AC)



 ところが、バブル景気の崩壊で景気後退が実感されるようになると、リッチさに価値を見いだす生活スタイルは一変し、世間には「激安」「お得」というキーワードがあふれかえるようになります。そうしたなかで、再び脚光を浴びたのが青春18きっぷでした。

『朝日新聞』1993年3月15日付夕刊では、青春18きっぷの人気を「学生稼げず 鈍行の旅」として、一面で報じています。

「バブル時代は、高額なバイトで稼ぎ、新幹線や飛行機でリッチな旅を楽しんだものだが、いまやバイトも不況で「おいしい仕事」などおいそれとはない。そこで学生本来の「金はないが、暇はある」旅志向となったらしい。ダサイと敬遠されていたユースホステルも宿泊申し込みが増えている」

 こんな解説が添えられる記事で、記者は春休みの東京駅7番ホームから、大垣夜行に乗車。大垣まで通路に立ちっぱなしの人もいる混雑ぶりを報じています。

「青春」という名前の重み

 当時の時刻表では、日付が変わる横浜までの切符を購入して大垣夜行に乗車すると、翌日の23時13分には熊本に到着できます。青春18きっぷのばら売り(当時は5枚つづり)が、金券ショップに行けば1枚2400円程度で、横浜までの運賃は440円。24時間13分の長旅ですが、3000円程度で熊本まで行けたのです。

 当時の東京~熊本間は、新幹線と特急を使うと片道2万3150円。それが1ケタ少ない価格で行けるのですから、不況のなかで青春を過ごす若者にはどれだけ魅力的だったのか、想像に難くありません。

 この1993(平成5)年は青春18きっぷが一般にも広まった年で、これ以降、新聞各紙で取り上げられることが増えています。また特筆すべきは、この頃から若者以外の利用も増えていることです。

『毎日新聞』1993年2月24日付朝刊では「不況で見直される青春18きっぷ」というタイトルで記事を載せています。この記事では、若者だけでなく50代以上の利用者も増えていることに着目、JR東日本のアンケート結果をもとに、利用者の半数は若者であるものの、40~60代の利用も1割前後まで増加しているとしています。

東京都心の風景(画像:写真AC)



 こうして青春18きっぷの利用者が幅広い年齢層に広がったことで、旅のスタイルも変わりました。

 現在では、ローカル線をあてもなく乗り継ぐ旅は、多くの人が好むスタイルとなっています。どんなにリッチな列車や移動の速い交通手段ができても、やはり青春18きっぷの旅は格別です。それは「青春」という名前があるからでしょうか。

 一日も早くコロナ禍が収束し、再び「東京を離れてどこか遠くへ行こう」「郷里を離れて憧れの東京へ行こう」と旅を楽しみたいものです。

 皆さんの考える青春18きっぷの思い出や本当の価値を教えてください。


【25年前の画像】1枚の切符に「5回分の使用期日」が書き込まれるようになった青春18きっぷ

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