「下戸だから飲む」はもう古い? いま、ノンアルコール飲料の「逆襲」が始まっている
「ノンアル? 要はジュースでしょ」への反論 ノンアルコールドリンク(ノンアル)というと、少し前までは「お酒を模倣したえせカクテル」「お酒を飲めない人が飲んでるふりをするために飲むもの」だとか、「それってつまりジュースでは?」などと言われて、おしゃれなバーやレストランでもメニュー表の一番後ろに追いやられてしまっている肩身の狭い存在でした。 「あれ? ノンアル飲むの? 今日って運転するんだっけ」なんて言われたり、飲まない相手に言ったりしまって、気まずい思いをした経験のある人も少なくないのではないでしょうか。 お酒を飲めない人も、そうでない人も、今知りたい「ノンアルコール」の魅力とは(画像:写真AC) でも今、そんなノンアルコールの“逆襲”ともいえる快進撃が、ひそかに始まろうとしていることを、あなたはまだご存じないかもしれません。 ノンアルコールに力を入れるバーや、お酒を飲めない人が集まるグループ飲み会、ノンアルコール飲料を専門に展開する商社まで。 お酒を飲めない人も、そうでない人も、新しいジャンルの台頭に注目してもらいたい2020年、早速最近のノンアルコール動向をご紹介します。 お酒を飲める人にも広がる人気、そのワケはお酒を飲める人にも広がる人気、そのワケは さかのぼること半年ほど前、2019年10月から2020年の年明けにかけ、大手全国紙が相次いでノンアルコールを取り上げる記事を掲載・配信しました。 「ゲコ(下戸)ノミストだって飲みたい!? フェイスブック公開グループに1700人参加」(2019年10月29日付、毎日新聞) 「飲めない人も『もう一杯』 ノンアルに酔える本格バー」(2019年12月1日付、日経新聞) 「ノンアルが『酒の場』に新風 ゲコノミストにゲコナイト」(2020年1月3日付、朝日新聞) ノンアルの台頭を伝える、日経新聞のアプリ配信記事(画像:ULM編集部) そのなかのひとつ、毎日新聞の記事では、下戸(げこ。体質的に酒やアルコール飲料を飲めない人)約1700人が集うグループの活動に触れ、会を主宰する男性の「(バーなどで)『客単価の低いやつが来た』という目で見られ、嫌な気持ちになったこともある。酒が飲めなくても、ノンアルコールのおいしい飲み物ならお金を出したいというニーズは高いはず」という声を紹介しています。 朝日新聞の記事には、お酒が苦手ではないが友人との食事ではもっぱらノンアルを選ぶという20代女性が「人前で酔うのは恥ずかしい」という声が掲載されました。体質的に飲めないというわけではない人にとっても、ノンアルはひとつの選択肢となりつつあるようです。 さらに日経新聞は、ノンアルカクテルを提供するバーテンダー側に焦点を当て「飲んだ時に、『これは本当にノンアルコール?』と思わせられるかが大切だという。単純にフルーツジュースを合わせただけでは、カクテルのように複雑な味や香りを表現でき」ない、という指摘や、女性バーテンダーの「(ノンアルカクテルは)プロのバーテンダーにとっても難しいカテゴリー」という声を紹介。このジャンルの奥深さを伝えています。 飲めない人が、声を上げやすくなった時代に飲めない人が、声を上げやすくなった時代に 健康志向の高まりを背景に、重要な選択肢のひとつになりつつあるノンアルコール。こうした機運を追い風に「2020年をノンアルコール元年にしたい」と掲げる、小さな商社が荒川区にあります。 同区東日暮里にあるノンアル商品の専門商社、アルト・アルコ。従来のアルコール商品とは異なる新たなジャンル「オルタナティブドリンク」を携えて、今後さらなる飛躍を目指しています。 ノンアル需要の背景や、既存の商品とはまるで異なるオルタナティブドリンクの魅力や可能性、今後の展望について、同社代表の安藤裕さんにじっくりお話を聞きました。 ※ ※ ※ ――早速ですが、安藤さんが2020年を「ノンアルコール元年にしたい」と考える理由を教えてください。 それは、「ノンアルコールを求める需要の表面化」と「イギリスに端を発する高品質商材の供給」、そして「ノンアルコールを社会的に受け入れる価値観の醸成」という、三つの要素がうまくかみ合ってきたと考えているからです。 非アルコール飲料に対する需要そのものは、言うまでもなく以前から存在していたものです。一方でお酒の文化は社会に根強く織り込まれており、その中で声を上げることはとても難しいことでした。 飲めない、飲みたくないと言い出せず、「取りあえずビール」に付き合ったことがあるという人も多いのではないか(画像:写真AC) しかし近年、SNSなどを通じて個々人が意見を発信しやすくなり、実は多くの人が同様の思いを秘めていたことが分かってきたのです。 そして次に、この需要を支える「社会的素地(そじ)」について。社会でも多様性の尊重や健康志向の高まりから、お酒を飲まない人の意思を尊重する価値観が浸透してきました。これは、「すべての人に健康と福祉を」や「人や国の不平 等をなくそう」といった目標を掲げるSDGs(持続可能な開発目標)にもつながる価値観かもしれません。 最後に、需要の受け皿となる供給についてです。 2015年頃から、これまでのノンアルコールとは異なる「新しいノンアルコール文化」が築かれてきました。単なるジュースの掛け合わせなどとは違う、これまでにないアプローチにより高品質なノンアルコールを生み出す「オルタナティブ文化」の登場です。 これにより、お酒にも勝るとも劣らない、新たな局面に入ってきたのではないかと考えています。 以上の3点がそろった今こそ、日本における「ノンアルコール元年」と呼ぶにふさわしい時期なのではないかと考えています。 若者のアルコール離れと、ノンアルの可能性若者のアルコール離れと、ノンアルの可能性――「若者のアルコール離れ」なども指摘される昨今ですが、ノンアルコールドリンクへの需要は実際に高まっているのでしょうか。 ノンアルコール市場は2007年頃から2012年まで急成長を遂げていたものの、それ以降少なくとも2017年までは微増もしくは横ばいになっています。しかし2020年に入って、大手ホテルやレストランなどでのノンアルコール需要が高まってきているというのは実感としてあります。 「若者のアルコール離れ」という点からノンアルコール需要を考えてみましょう。 総務省の「家計調査」によると、2005年~2018年の年代別酒類支出調査では、20代の支出落ち込みが最も顕著で、両年の差はマイナス34.5%となっています。 確かにデータだけを見ると、20代の種類の支出は大きく減っているが……(画像:アルト・アルコ) 確かにこれだけを見ると「若者はお酒を飲まなくなった」「お酒にお金を出さなくなった」と思われそうです。 しかしその一方で、昨今のクラフトビールの需要は20~30代に下支えされていると言われていて、決してお酒にお金を出したくないと思っているわけではないようです。 これは「コト消費」といった近年の消費キーワードからも分かるように、現代の若者は「体験」にこそより重きを置き、ひとつひとつの商品にも「面白み」を求めているのだと考えることもできます。 そうした観点からノンアルコールへの需要を振り返ってみると、ノンアルコールのペアリング(料理に合わせてソムリエが相性の良い飲み物を選ぶこと)を実施するお店も増えてきており、実際に注文されるお客さまも間違いなく増えていると聞きます。バーにおけるノンアルコールカクテルの需要もしかりです。 これまでのノンアルコール商材は、既存のお酒からアルコールを抜いただけのものや、大手メーカーによる商品ばかりで、先述の「面白み」という点が少し欠けていました。 しかし「オルタナティブ」という視点から生まれた新しい商品は、使用するボタニカル(ハーブやスパイス)による自由度の高さも相まって、非常に個性的な商品が多くなっています。こうしたオルタナティブドリンクが、今後のノンアルコール市場をけん引する存在になるのではと考えています。 「引き算」と「足し算」製法上の大きな違い「引き算」と「足し算」製法上の大きな違い――一般的なソフトドリンクや、既存のカクテルからアルコールを抜いただけのノンアルカクテルと、新しい分野である「オルタナティブドリンク」は、どのように違うのでしょうか。 正確な定義があるわけではないので、市場を見ていての私の所感にはなりますが、まず「ノンアルコール」と「オルタナティブ」の違いから説明させてください。 ノンアルコールはあくまでも元のお酒(ノンアルコールワインであればワイン)からアルコール分を抜いて作り出すもので、お酒そのものの”イミテーション”(偽物)的な要素が強いものです。品質的にも、脱アルコールという「引き算の製法」という制限がある以上、大きな技術革新がない限りにおいて、振れ幅は小さいですが、上限もあります。 一方でオルタナティブは、製品そのもののイミテーションというよりは、お酒が持つ世界観のイミテーション(再現)をしているものが多いです。それは例えば、料理とのマリアージュで生まれる感動であったり、お酒のように語れるブランドストーリーであったり、お酒のある場特有のすてきな雰囲気であったり、というようにです。 製法面では、原材料や製法のアプローチにおいて非常に自由度が高く、ものによっては例えば、ワインを仕込んだたるで寝かせたりするものもあります。 このように「足し算の製法」という特長のため、品質面は造り手によるところが大きく、安定的にある程度の品質を造れるノンアルコールと比較すると出来栄えの振れ幅が大きい。その半面、可能性は青天井です。好みも人によって分かれる、よりアーティスティックなものが多いように思います。 ソフトドリンクは言うまでもなく、お酒とは独立した立場にあるという点で、先のふたつとは大きく異なります。 ハーブやスパイス、フルーツなどを使った、アルト・アルコ取り扱いのノンアル商品(画像:アルト・アルコ)――御社ではさまざまなノンアル、オルタナティブドリンク商品を取り扱っているとのことですが、どのような点が特長ですか? 甘くなく、ハーブやスパイスの味わいがしっかり楽しめるというのが一番の特長です。そのまま楽しむこともできますし、お料理に合わせたり、それを使ってノンアルコールカクテルを作ったりできる商品ばかりです。 都内に続々と登場する、本格派ノンアルバー都内に続々と登場する、本格派ノンアルバー――こうしたオルタナティブドリンクを提供しているバーやレストランは東京都内でも増えてきているのでしょうか。 はい。間違いなく増えてきています。 バーですと、2020年3月にオープンした「Low-Non-Bar」(中央区日本橋)は日本初の本格ロー(アルコール度数が低い)・ノンアルコールバーとして非常に注目を集めています。また飯田橋駅からほど近い「バー燐光」(新宿区神楽坂)も、ノンアルコールカクテルに非常に注力しています。 レストランですと、日本橋の「La Bonne Table」(中央区日本橋室町)や代々木上原の「sio」(渋谷区上原)は日本におけるノンアルコールペアリングの先駆者的なお店です。 ――オルタナティブドリンクは、下戸の人以外も楽しめるものなのですか。 オルタナティブの強みは、ずばり「懐の深さ」だと考えています。そのまま飲んでもおいしく、ノンアルコールカクテルの材料としても使えます。さらにはアルコール入りのカクテルに使うことも、料理のソースなどの材料にすることもできます。 ――ノンアルコール分野は今後、どのような発展を遂げて、どのような位置づけを獲得していくでしょうか。 最終的な着地点として、アルコールとノンアルコールの垣根を取り払いたいというのが私の考えです。 ノンアルコールへの理解は今、徐々に進んできてはいますが、価格面などを考えると、どうしても「アルコールの下位互換」という見方をされてしまうのが現状です。 これは、ノンアルコールという言葉そのものが「飲めないから“妥協”して飲む」といったネガティブなイメージを持っているがゆえに生じることなのではないかと考えています。 これを打開するための第1歩として目標に掲げているのが、「オルタナティブ」という言葉を広く定着させること。そして、オルタナティブ市場を日本でも広めること。さらには、「積極的に選ばれるドリンクのひとつ」という価値観を広めていくことだと考えています。 アルコール成分にではなく、素材や雰囲気にこそ酔いしれたい、ノンアルコールドリンクの可能性(画像:写真AC)――今後、ノンアル飲料、そしてオルタナティブドリンクを試してみたいと興味を持っている人たちにひと言お願いしま す。 ノンアルコールは、市場だけでなく業界のレベルも急成長中している非常に面白いカテゴリーです。ぜひ旧来のイメージを捨てて、新しいものに挑戦してみてください。挑戦する価値のある、驚きや面白さ、満足感を得ていただけるはずです。
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